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特別受益該当性(名古屋家庭裁判所の一例)

弁護士 森田祥玄

 親の存命中に、特定の子だけ贈与や生活の支援を受けていた場合、その贈与や支援分を考慮せず遺産分割をするのは不公平なことがあります。
 このような不公平を是正するために、民法903条は、特別受益の持ち戻しという制度を定めました。
 しかし、実際にどのような場合に特別受益に該当するのかは、弁護士に相談をしても曖昧な回答しかもらえずよく分からない、ということもあるかと思います。
 相談を受ける弁護士の立場からしましても、最終的には公平の観点から裁判官が決めることですので、ある程度の指針はあっても断定的な回答までは難しいのが実情です。
 親子ですので人生のなかで様々な贈与や生活の支援が行われております。これらの全てが特別受益に該当するわけではありません。特別受益として評価されるのは、遺産の前渡しと評価できるような贈与や支援に限られます。
 また、法律上特別受益にあたるかという議論と同時に、そのような金銭の交付や支援があったことを立証できるかという問題もあります。
 一応の指針とするため、近時の公刊物(判例時報2445・35)に比較的詳細に特別受益該当性を判断した名古屋家審平31・1・11及び抗告審である名古屋高決令和元・5・17が掲載されておりましたので、名古屋家庭裁判所や名古屋高等裁判所の1つの考え方として、公刊物から分かる範囲で要約します。

【高級時計】
(当事者の主張)
 生前に数百万円の高級時計を贈与されている。
(裁判所の判断)
 確かに高級な時計ではあるが、時計は購入と同時に価値が減少し、年数の経過とともに一層価値が減少する性質がある。また、被相続人は他の相続人や相続人の配偶者に対しても宝飾品や時計など多数譲り渡しており、被相続人は身近な者に対して相ふさわしいと考える贈り物をしていたにすぎない。被相続人の遺産の規模にも照らし、遺産の前渡しといえるほどの贈与とはいえず、特別受益に該当しない。

【被相続人本人ではない法人からの贈与】
(当事者の主張)
 被相続人本人ではないが、関連する法人の口座から引き出されたお金を特定の相続人が受領しており、現金の贈与にあたる。
(裁判所の判断)
 法人と被相続人を全く同一視できるだけの事情はなく、直ちに被相続人からの生前贈与と認めることはできない。

【現金の贈与(明確な送金の証拠はないもの)】
(当事者の主張)
 相続人のうちの1人が記録していた家計簿にアメリカ107000$を送金したと記載されており、これが特別受益にあたる(相手方は送金を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が107000$もの高額な送金をしたとまでは認められない。

【自動車の贈与】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は過去に2台の自動車の贈与を受けている(相手方は贈与を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が2台の自動車を贈与したという事実を認めるには十分ではなく、特別受益があったということはできない。

【現金の贈与、旅行代金の贈与、クレジットカード利用料】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は、被相続人に現金の贈与を受けており、そのほか旅行代金やクレジットカード利用料も負担して貰っている(相手方も争っていない)
(裁判所の判断)
 相手方も自認しており、証拠上も認定できるため、特別受益と認定。

【結納金】
(当事者の主張)
 被相続人が負担した結納金は特別受益だ。
(裁判所の判断)
 結納金の風習は、夫の親から妻の親への支度金として交付する性質といわれており、本件でもこれに該当し、特別受益にはあたらない。

【結婚式の費用】
(当事者の主張)
 被相続人が結婚式の費用を負担しており、特別受益に該当する。
(裁判所の判断)
 親が子の結婚式の費用を負担することは、そもそも生計の資本の前渡しに該当しない。また、結婚披露宴の請求書の名宛て人が被相続人となっていること、明細書の宛名も「御両家」となっていることから、結婚式及び披露宴の主催者はそれぞれの親であり、親自らの支出であったということもできる。よって特別受益にはあたらない。

【相続人の妻への宝飾品の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に宝飾品を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生活必需品では無いこと、相続人が購入資金を融通するよう求めた事実もないことから、単なる贈り物であり、生計の資本の前渡しとはいえない。

【相続人の妻への50万円の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に現金を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生計の資本の前渡しとまでは評価できないことから特別受益にあたらない。 

【学費、留学費用】
(当事者の主張)
 浪人時代の学費、生活費、留学費用が特別受益にあたる。
(裁判所の判断1)
 被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて四年生大学に進学することや、志望校に合格するために浪人をすること、短期留学をすることが特別なことではない。
(裁判所の判断2)
 通常のものとはいえないほどの学歴であっても、被相続人がそれ(時間と費用を要すること)を許容していたこと、被相続人が援助した費用の精算や返済を求めたことがないこと、他方、自発的に返済していることから、特別受益に該当はせず、仮に該当するとしても明示または黙示の持ち戻し免除の意思表示があった。

【留学中の国民年金保険料及び生命保険料の立替払い】
(当事者の主張)
 留学中の立替払いは特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 留学時は既に高い学歴のある成人であり潜在的な負担能力を有していたこと、国民年金保険料は本来的に自らの負担により支払うべき性質であることから、高齢の親が払うことが直ちに扶養義務の範囲とは認めがたい。
 また、生命保険は終身保険であり相当額の満期保険金がおり、積み立て配当金もつき、中途解約をすれば解約返戻金もあるのだから貯蓄性も高く、やはり直ちに扶養の範囲内とは認めがたい。
 よって、留学中の国民年金保険料及び生命保険料は、被相続人が立て替え払いをした金額は特別受益である(335万円を認定)。

【補足説明】

 特徴的なところとしましては、結納金や結婚式の費用は、そもそも生計の資本の前渡しとはいえないものと判断しています。また、宝飾品の贈与は単なる贈り物であり、原則として特別受益には該当しないと判断しています。
 他方、国民年金保険料と貯蓄性の高い生命保険の保険料は、特別受益に該当すると判断しています。また、当事者が認めている贈与については、宝飾品であっても特別受益に該当するとしています。

【教育費について】
 本件は抗告されており、名古屋高裁にて、特に教育費について争われました(名古屋高決令和元・5・17判時2445・35)。2年間大学院に進学しており、さらにその後10年間に及ぶ海外留学生活を送っているという事情があり、この点が特別受益として考慮されるべきかが争点となりました。
 そして名古屋高裁も名古屋家裁の判断を維持し、結論としては特別受益にあたらないとしています。
 具体的には、
・被相続人一家は教育水準が高かったこと
・被相続人も相当な時間と費用を費やすことを許容していたこと
・相続人が被相続人に自発的に相当額を返還していること、
・被相続人が教育費の精算や返済を求めるなどした形跡はないこと、
・他の相続人や親族に対し高額な時計や宝飾品、金銭の贈与を行っていたこと、
・他の相続人も大学に進学し短期留学を行った経験もあること、
・被相続人の遺産全体も多額であること、
 などを指摘し、特別受益に該当せず、仮に該当するとしても被相続人の明示又は黙示による持戻免除の意思表示があった、と判断しました。

 教育費が特別受益にあたるか、という点は、肯定的な裁判所の判断もあれば、否定的な裁判所の判断もあります。
 肯定例としては、大阪家審昭50・3・26家月28・3・68を挙げることができます。この事件は、相続人のうち1名に障がいがあり、その1名は義務教育を履修せず、婚姻の費用支援も受けていなかった、という事情があり、この点が特別受益として考慮されると判断されました。他の子と比べ1人だけ、障がいを抱え経済的にも恵まれていないという背景事情を考慮したものと思われます。
 他によく特別受益に該当すると主張する側から証拠として出される審判例として、京都家審平2・5・1家月43・2・153があります。この審判例は、相続人のうち1名だけが下宿をして私立の4年制大学を卒業しておりました。裁判所は、私立大学に下宿して通学する場合の費用を、4年間の合計758万円として、これを特別受益として認めました。
 ただ、この審判例はよく読みますと、被相続人は染工業を営んでおり、他の相続人は家業を子供の頃から手伝っていたようです。また、家業は被相続人死亡後に、経営不振により廃業に至っています。家業を引き継いだ相続人が廃業後も債務の返済を続けており、今なお約800万円の債務が残っている、と裁判所に認定されています。
 他方、4年制大学を卒業した相続人は私立大学経済学部を卒業後、新聞記者として働いており、家業に貢献した事実はないと認定されています。
 このような背景事情も考慮したうえで、公平の観点から特別受益にあたると判断したものと思われます。特定の相続人が800万円の債務を負っているという特殊性があり、一般化できないように思われます。

 特別受益に該当するかはあくまで「公平の観点から裁判所が決める」というものです。 調停手続で双方相続人が広汎に特別受益を主張し合うことも珍しくはありませんが、裁判所が特別受益と認定するには一定のハードルがあります。紛争全体の落としどころがどこなのか、何をもって公平と考えるのかを、ご依頼する弁護士とよくご相談ください。