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無効・取消し(民法改正、弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文


次は、民法総則の「無効及び取消し」の条文についてです。

意思表示の瑕疵などにより法律行為が取り消されると、取り消された行為は、はじめから無効であったものとみなされます。

このことは民法121条で規定されており、旧民法から条文はあまり変わっていません。

(取消しの効果)
第121条 取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。


さて、法律行為が最初から無効であったり、取り消されて最初から無効になった場合、原状回復をどうするかという点についてです。

この無効・取消しの場合の効果についての条文がなかったため、以前までは、不当利得に関する民法703条、同704条を使用していました(大判大3.5.16)。

改正民法では、この部分について枝番で条文が新設されました。
それが、民法121条の2です。

民法121条の2 第1項 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。


原状回復について、今後は703条・704条ではなく、民法121条の2 第1項を使います。 司法試験の論文試験などでは条文の引用を間違わないように注意が必要です。
 


そして、試験対策的には、民法121条の2 第2項が重要です。

 

この条文では、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者について、返還義務の範囲を修正し、善意の給付受領者の返還義務が現存利益に限定されています。

 
無効な無償行為とは、例えば贈与が無効だった場合などです。
この場合には、無効について善意だった者は、現存利益の返還で足ります

民法121の2 第2項 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。


 

「無効な無償行為」の「善意の受益者」は、覚えておきましょう。

これ、逆に言えば、いくら善意であったとしても、有償行為については、現存利益の返還だけでは足らないということですので注意が必要です。


703条の不当利得の場合、善意者ならば現存利益の返還だけでよかったはずですので、その意味で121条の2は、不当利得に関する703条・704条の特則的な規定です。

 

この民法121条の2は、司法試験受験生の短答式試験的には必須だと思います。
 

(原状回復の義務)
第121条の2 無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
2 前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
3 第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。

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時効の更新・完成猶予について4(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文


 さらに、時効の完成猶予事由及び更新事由です。

【催告による時効の完成猶予】


 「催告」については旧法と変わりません。

 催告は、権利者が権利行使の意思を明らかにしたに過ぎませんので、6か月の完成猶予が認められるだけです(民法150条1項)。

 そして、催告による完成猶予されている間の再度の催告は、時効完成猶予の効力を持ちません(民法150条2項)。法律学習者であれば誰でも知っている判例法理(大判大正8年6月30日)が明文化されたものです。

(催告による時効の完成猶予)
第150条 催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
2 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。


【協議を行う旨の合意による時効の完成猶予】


 「協議の合意」という新しい制度です。

 権利についての協議を行う旨の合意書面でされたときは、権利者が権利行使の意思を明らかにしている訳ですので、時効の完成猶予です。

 ポイントは、「書面で」の合意という部分です。


 猶予期間は、①合意から1年が経過するまで、②1年より短い期間を定めたときはその期間が経過するまで、③途中で協議続行の拒絶通知をしたときはその通知の時から6か月が経過するまで、のうちいずれか早いときまでです。


 協議の合意の期間中に、再度の合意によってさらに完成猶予ができますが、最長は5年までです。

 面白いのは、催告によって時効の完成が猶予されている間に協議合意をしても、その協議合意により時効の完成は猶予されませんので注意が必要です。

 このあたりは、前述した催告中の再度の催告と同じイメージです。

(協議を行う旨の合意による時効の完成猶予)
第151条 権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたときは、次に掲げる時のいずれか早い時までの間は、時効は、完成しない。
一 その合意があった時から一年を経過した時
二 その合意において当事者が協議を行う期間(一年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時
三 当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から六箇月を経過した時
2 前項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた再度の同項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有する。ただし、その効力は、時効の完成が猶予されなかったとすれば時効が完成すべき時から通じて五年を超えることができない。
3 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた第一項の合意は、同項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。同項の規定により時効の完成が猶予されている間にされた催告についても、同様とする。
(以下省略)


【承認による時効の更新】

 条文の順番にお話してきたら、一番当たり前のことが一番最後になってしまいなした。
 当然ながら債務者による「承認」時効の更新事由です。
 債務者が、債権債務の存在を認めて権利の存在についてひとまずの確証が得られている訳ですから、時効の更新事由となるわけです。

(承認による時効の更新)
第152条 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
2 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。

 長くなってしまいました。

 以上でお話ししたように、時効の「完成猶予」と「更新」については、
「権利者が権利行使の意思を明らかにした」と評価できる事実が生じた場合が完成猶予とし、「権利の存在について確証が得られた」と評価できる事実が生じた場合が更新
というイメージで押さえておくと、頭に入りやすいのではないかと思います。

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時効の更新・完成猶予について3(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文

 前の記事で、改正民法では、権利者が権利行使の意思を明らかにしたと評価できる事実が生じた場合を完成猶予事由とし、権利の存在について確証が得られたと評価できる事実が生じた場合を更新事由とした、というお話をしました。


 では、裁判上の請求以外の完成猶予事由及び更新事由も見てみましょう。


【強制執行等による時効の完成猶予及び更新】

 これも裁判上の請求と同じです。

 強制執行等の手続を行うと、終了するまでの間は、時効の完成が猶予されます(民法148条1項「…時効は、完成しない。」)
 そして、強制執行等の手続が終了し、権利の満足が得られなかったときは、時効は終了した時から新たにその進行を始めます更新)。

 また、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過するまでの間は時効の完成猶予です。
 確かに、預金口座の差押えをしたものの口座残高が振込手数料にも満たなかったため取り下げる…などといったことはあり得ますね。

(強制執行等による時効の完成猶予及び更新)
第148条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 強制執行
二 担保権の実行
三 民事執行法(昭和五十四年法律第四号)第百九十五条に規定する担保権の実行としての競売の例による競売
四 民事執行法第百九十六条に規定する財産開示手続又は同法第二百四条に規定する第三者からの情報取得手続
2 前項の場合には、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。ただし、申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合は、この限りでない。


【仮差押え等による時効の完成猶予】

 仮差押え仮処分は、手続が終了しても時効の更新の効果はなく6か月の時効の完成猶予のみです。
 これらの保全処分はその後の本訴提起を予定する手続であるため、6か月の間にさっさと本訴提起をして、民法147条の裁判上の請求で時効の完成猶予、更新をしてくださいという意味ですね。

 なお、旧民法147条ですと、1)請求、2)差押え、仮差押え又は仮処分、3)承認 が規定され、差押えと同じく仮差押え及び仮処分も時効中断事由になっていたので注意が必要です。(「時効を精査しよう(請・差・承)」と語呂合わせで覚えたものです。)
 仮差押え及び仮処分には、差押えのような時効の更新の効果は認められなくなりました。
 あくまで“仮”の手続であり、権利の存在について確証が得られる訳ではないですからね。 

(仮差押え等による時効の完成猶予)
第149条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了した時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
一 仮差押え
二 仮処分



 長くなってきたので、次へ続きます。

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時効の更新・完成猶予について2(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文

 改正民法において時効の「完成猶予」及び「更新」を理解するポイントは、旧法で勉強したときの、「あれは中断、これは停止…」という知識を、とりあえず一回すべて忘れてみるのが良いのではないか、というお話をしました。

 「完成猶予」とは、時効の完成が一時猶予されることです。
 「更新」とは、進行していた時効期間の経過がリセットされて新たにゼロから進行を始めるという効果をいいます。

 さて、ではこれらの概念とそれぞれが生じる事由について、どのように理解をしておけばよいでしょうか?
 簡単です。

 改正民法では、原則として、権利者が権利行使の意思を明らかにしたと評価できる事実が生じた場合を 完成猶予事由 としました。
 そして、権利の存在について確証が得られたと評価できる事実が生じた場合を 更新事由 としました。


 例えば、訴訟提起(いわゆる「裁判上の請求」)をした場合、訴えの提起のみだと、ただ権利者が権利行使の意思を明らかにしただけなので、「完成猶予」のみにとどまります(民法147条1項「…時効は、完成しない」)。
 一方、訴訟が進行して判決が出され、権利者の権利が判決で確定された場合には、権利の存在について確証が得られることになる訳ですので、時効が「更新」されるにいたります(民法147条2項「…時効は、…新たにその進行を始める」)。
 分かりやすいですね。

 では、訴え提起をして時効が「完成猶予」されたものの、やっぱり止めたと言って訴えを取り下げてしまった場合はどうなるでしょうか?

 権利者の権利が判決で確定されないままで訴訟が終わってしまった訳ですが、この場合には、その終了の時から6か月を経過するまでの間は時効の完成が猶予されます(民法147条1項柱書かっこ書き)。
 いわゆる「裁判上の催告」という判例法理(最判昭和45年9月10日)が明文化されただけのものです。

(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
第147条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

 では、以上に述べたこともふまえながら、他の完成猶予事由及び更新事由も見てみましょう。

 次の記事に続きます。

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時効の更新・完成猶予について1(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文

 一般の方というよりは、弁護士や法律学習者向けの記事になります。

 2020年4月施行の改正民法で登場した新しい概念として、「時効の更新」「時効の完成猶予」があります。
 分かりやすくなったのですが、旧民法を勉強されていた方からすると逆に混乱してしまうかもしれません。
 その原因は、「時効の『中断』が『更新』に、『停止』が『完成猶予』に改められた」等と解説している書籍があるためです。
 旧民法における中断・停止の概念と、改正民法における更新・完成猶予の概念を結びつけて理解しようとするのが失敗のもとなのですね。

 改正民法を作成した方々による書籍「一問一答 民法(債権関係)改正」の記載を要約すると、以下のとおりです。

・旧法における中断には、時効が完成すべき時が到来しても時効の完成が猶予されるという「完成猶予」の効果と、時効期間の経過が無意味なものとなり新たに零から時効期間を進行させる「更新」の効果とがあった。
・しかし、旧法は、これらの異なる効果を合わせて「中断」という一つの概念を用いていたため、意味内容が理解しにくかった。
・また、債務者が権利を紹介した場合には「更新」の効果のみが生ずるが、履行の催告は「完成猶予」の効果のみが生ずるなど、多岐にわたる中断事由の中には、時効の「完成猶予」の効果と「更新」の効果のいずれか一方が生ずるにとどまるものもあったため、中断の概念の理解は困難なものとなっていた。
・そこで、新法においては、時効の中断について、その効果に着目して時効の「完成猶予」と「更新」というその効果の内容を端的に表現する二つの概念で【再構築】した。
・また、時効の停止についても、その効果の内容を端的に表現する「完成猶予」という概念で【再構築】した。

 つまり、時効の「完成猶予」と「更新」という概念は、新たに【再構築】された概念なのです。
 だから、旧民法における時効の「中断」や「停止」と関連付けて理解しようとすると、こんがらがってしまう訳です。

 ですので、改正民法において時効の「完成猶予」及び「更新」を理解するポイントは、旧法で勉強したときの、「あれは中断、これは停止…」という知識を、とりあえず一回すべて忘れてみるということだったりします。

 次の記事に続きます。

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特別受益該当性(名古屋家庭裁判所の一例)

弁護士 森田祥玄

 親の存命中に、特定の子だけ贈与や生活の支援を受けていた場合、その贈与や支援分を考慮せず遺産分割をするのは不公平なことがあります。
 このような不公平を是正するために、民法903条は、特別受益の持ち戻しという制度を定めました。
 しかし、実際にどのような場合に特別受益に該当するのかは、弁護士に相談をしても曖昧な回答しかもらえずよく分からない、ということもあるかと思います。
 相談を受ける弁護士の立場からしましても、最終的には公平の観点から裁判官が決めることですので、ある程度の指針はあっても断定的な回答までは難しいのが実情です。
 親子ですので人生のなかで様々な贈与や生活の支援が行われております。これらの全てが特別受益に該当するわけではありません。特別受益として評価されるのは、遺産の前渡しと評価できるような贈与や支援に限られます。
 また、法律上特別受益にあたるかという議論と同時に、そのような金銭の交付や支援があったことを立証できるかという問題もあります。
 一応の指針とするため、近時の公刊物(判例時報2445・35)に比較的詳細に特別受益該当性を判断した名古屋家審平31・1・11及び抗告審である名古屋高決令和元・5・17が掲載されておりましたので、名古屋家庭裁判所や名古屋高等裁判所の1つの考え方として、公刊物から分かる範囲で要約します。

【高級時計】
(当事者の主張)
 生前に数百万円の高級時計を贈与されている。
(裁判所の判断)
 確かに高級な時計ではあるが、時計は購入と同時に価値が減少し、年数の経過とともに一層価値が減少する性質がある。また、被相続人は他の相続人や相続人の配偶者に対しても宝飾品や時計など多数譲り渡しており、被相続人は身近な者に対して相ふさわしいと考える贈り物をしていたにすぎない。被相続人の遺産の規模にも照らし、遺産の前渡しといえるほどの贈与とはいえず、特別受益に該当しない。

【被相続人本人ではない法人からの贈与】
(当事者の主張)
 被相続人本人ではないが、関連する法人の口座から引き出されたお金を特定の相続人が受領しており、現金の贈与にあたる。
(裁判所の判断)
 法人と被相続人を全く同一視できるだけの事情はなく、直ちに被相続人からの生前贈与と認めることはできない。

【現金の贈与(明確な送金の証拠はないもの)】
(当事者の主張)
 相続人のうちの1人が記録していた家計簿にアメリカ107000$を送金したと記載されており、これが特別受益にあたる(相手方は送金を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が107000$もの高額な送金をしたとまでは認められない。

【自動車の贈与】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は過去に2台の自動車の贈与を受けている(相手方は贈与を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が2台の自動車を贈与したという事実を認めるには十分ではなく、特別受益があったということはできない。

【現金の贈与、旅行代金の贈与、クレジットカード利用料】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は、被相続人に現金の贈与を受けており、そのほか旅行代金やクレジットカード利用料も負担して貰っている(相手方も争っていない)
(裁判所の判断)
 相手方も自認しており、証拠上も認定できるため、特別受益と認定。

【結納金】
(当事者の主張)
 被相続人が負担した結納金は特別受益だ。
(裁判所の判断)
 結納金の風習は、夫の親から妻の親への支度金として交付する性質といわれており、本件でもこれに該当し、特別受益にはあたらない。

【結婚式の費用】
(当事者の主張)
 被相続人が結婚式の費用を負担しており、特別受益に該当する。
(裁判所の判断)
 親が子の結婚式の費用を負担することは、そもそも生計の資本の前渡しに該当しない。また、結婚披露宴の請求書の名宛て人が被相続人となっていること、明細書の宛名も「御両家」となっていることから、結婚式及び披露宴の主催者はそれぞれの親であり、親自らの支出であったということもできる。よって特別受益にはあたらない。

【相続人の妻への宝飾品の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に宝飾品を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生活必需品では無いこと、相続人が購入資金を融通するよう求めた事実もないことから、単なる贈り物であり、生計の資本の前渡しとはいえない。

【相続人の妻への50万円の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に現金を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生計の資本の前渡しとまでは評価できないことから特別受益にあたらない。 

【学費、留学費用】
(当事者の主張)
 浪人時代の学費、生活費、留学費用が特別受益にあたる。
(裁判所の判断1)
 被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて四年生大学に進学することや、志望校に合格するために浪人をすること、短期留学をすることが特別なことではない。
(裁判所の判断2)
 通常のものとはいえないほどの学歴であっても、被相続人がそれ(時間と費用を要すること)を許容していたこと、被相続人が援助した費用の精算や返済を求めたことがないこと、他方、自発的に返済していることから、特別受益に該当はせず、仮に該当するとしても明示または黙示の持ち戻し免除の意思表示があった。

【留学中の国民年金保険料及び生命保険料の立替払い】
(当事者の主張)
 留学中の立替払いは特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 留学時は既に高い学歴のある成人であり潜在的な負担能力を有していたこと、国民年金保険料は本来的に自らの負担により支払うべき性質であることから、高齢の親が払うことが直ちに扶養義務の範囲とは認めがたい。
 また、生命保険は終身保険であり相当額の満期保険金がおり、積み立て配当金もつき、中途解約をすれば解約返戻金もあるのだから貯蓄性も高く、やはり直ちに扶養の範囲内とは認めがたい。
 よって、留学中の国民年金保険料及び生命保険料は、被相続人が立て替え払いをした金額は特別受益である(335万円を認定)。

【補足説明】

 特徴的なところとしましては、結納金や結婚式の費用は、そもそも生計の資本の前渡しとはいえないものと判断しています。また、宝飾品の贈与は単なる贈り物であり、原則として特別受益には該当しないと判断しています。
 他方、国民年金保険料と貯蓄性の高い生命保険の保険料は、特別受益に該当すると判断しています。また、当事者が認めている贈与については、宝飾品であっても特別受益に該当するとしています。

【教育費について】
 本件は抗告されており、名古屋高裁にて、特に教育費について争われました(名古屋高決令和元・5・17判時2445・35)。2年間大学院に進学しており、さらにその後10年間に及ぶ海外留学生活を送っているという事情があり、この点が特別受益として考慮されるべきかが争点となりました。
 そして名古屋高裁も名古屋家裁の判断を維持し、結論としては特別受益にあたらないとしています。
 具体的には、
・被相続人一家は教育水準が高かったこと
・被相続人も相当な時間と費用を費やすことを許容していたこと
・相続人が被相続人に自発的に相当額を返還していること、
・被相続人が教育費の精算や返済を求めるなどした形跡はないこと、
・他の相続人や親族に対し高額な時計や宝飾品、金銭の贈与を行っていたこと、
・他の相続人も大学に進学し短期留学を行った経験もあること、
・被相続人の遺産全体も多額であること、
 などを指摘し、特別受益に該当せず、仮に該当するとしても被相続人の明示又は黙示による持戻免除の意思表示があった、と判断しました。

 教育費が特別受益にあたるか、という点は、肯定的な裁判所の判断もあれば、否定的な裁判所の判断もあります。
 肯定例としては、大阪家審昭50・3・26家月28・3・68を挙げることができます。この事件は、相続人のうち1名に障がいがあり、その1名は義務教育を履修せず、婚姻の費用支援も受けていなかった、という事情があり、この点が特別受益として考慮されると判断されました。他の子と比べ1人だけ、障がいを抱え経済的にも恵まれていないという背景事情を考慮したものと思われます。
 他によく特別受益に該当すると主張する側から証拠として出される審判例として、京都家審平2・5・1家月43・2・153があります。この審判例は、相続人のうち1名だけが下宿をして私立の4年制大学を卒業しておりました。裁判所は、私立大学に下宿して通学する場合の費用を、4年間の合計758万円として、これを特別受益として認めました。
 ただ、この審判例はよく読みますと、被相続人は染工業を営んでおり、他の相続人は家業を子供の頃から手伝っていたようです。また、家業は被相続人死亡後に、経営不振により廃業に至っています。家業を引き継いだ相続人が廃業後も債務の返済を続けており、今なお約800万円の債務が残っている、と裁判所に認定されています。
 他方、4年制大学を卒業した相続人は私立大学経済学部を卒業後、新聞記者として働いており、家業に貢献した事実はないと認定されています。
 このような背景事情も考慮したうえで、公平の観点から特別受益にあたると判断したものと思われます。特定の相続人が800万円の債務を負っているという特殊性があり、一般化できないように思われます。

 特別受益に該当するかはあくまで「公平の観点から裁判所が決める」というものです。 調停手続で双方相続人が広汎に特別受益を主張し合うことも珍しくはありませんが、裁判所が特別受益と認定するには一定のハードルがあります。紛争全体の落としどころがどこなのか、何をもって公平と考えるのかを、ご依頼する弁護士とよくご相談ください。

配偶者居住権の活用

弁護士 森田祥玄

 平成30年民法(相続法)改正により、配偶者居住権が創設されました。令和2年(2020年)4月1日以後に開始する相続において適用されます。
 配偶者居住権は一連の債権法や相続法改正のなかでも調査・学習の手が回りにくいところにありますので、このブログで概要をまとめます。

【事案1】

 私は名古屋の夫名義の不動産に、夫婦2人で暮らしていました。しかし先日、夫が亡くなりました。夫には前妻の子どもがおり、愛知県内で別の賃貸マンションに居住しております。子どもにはすぐに不動産が必要な事情はありませんが、いずれはお金に換えたいようです。
 私たちはこれから遺産分割協議を行う必要があります。
 私の希望は、この不動産に住み続けることと、預貯金のうち、今後の最低限の生活費を相続することです。配偶者居住権を取得して、住み続けることはできるでしょうか。

[配偶者居住権の制度趣旨]

 被相続人が亡くなった配偶者は、引き続き被相続人所有(この事案の場合夫名義)の建物に居住したい、と願うことが多くあります。
 しかし、配偶者が不動産を相続すると、その分、取得できる預貯金が減少します。配偶者としては、建物にも住みたい、しかも生活費程度の預貯金も相続したい、という思いが生じます。
 そこで、民法は配偶者に、居住建物について、所有権ではなく配偶者居住権を取得するという選択肢を設けました。これにより、配偶者が居住建物に住みながらも預貯金も相続できる可能性を実現させました。

[配偶者居住権の要件]
 
 このような配偶者居住権が規定された民法1028条1項を確認しますと、
 「被相続人の配偶者」
 が、
 「被相続人の財産に属した建物に」、
 「相続開始の時に居住していた場合」において、
 「遺産分割によって配偶者者居住権を取得するものとされたとき、または配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき」
 に取得するものとされています。

 まず、「配偶者」とされており、これは法律上の配偶者を指します。内縁の配偶者は含まれません。
 また、「被相続人の財産に属した建物」であることとされておりますので、被相続人が借りていた建物の場合、配偶者居住権は成立しません。なお、被相続人が居住建物を配偶者以外の第三者と共有していた場合も、配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項柱書但書き)。
 さらに配偶者が「相続開始の時に居住していた場合」である必要があります。この「居住していた」という要件については解釈の余地があります。配偶者が相続開始の時点で入院していたような場合であっても、いずれ帰宅する予定があったのならば要件は満たすでしょう。
 事案1の場合、配偶者居住権の要件を満たしますので、不動産の所有権を子に渡す代わりに、配偶者居住権と今後の生活費程度の預貯金を取得したい、と交渉をすることは十分に考えられます。

【事案2】

 遺産分割協議により配偶者居住権を取得し、建物に住んでおりましたところ、所有者となった子が第三者に勝手に建物を売却してしまいました。私はこの第三者に対して配偶者居住権を主張することはできるのでしょうか。

[配偶者居住権と登記]

 配偶者居住権の対抗要件は登記です。配偶者居住権の設定登記を備えていなければ、第三者に配偶者居住権を主張できないのが原則です。

[配偶者居住権に登記が要求される趣旨]

 配偶者居住権は、建物使用の対価さえ支払う必要のない、無償で使用を継続できる強力な権利です。
 建物譲受人等の第三者や、差し押さえをしようとする債権者、あるいは抵当権を設定しようとする債権者に与える影響が大きいものです。
 そこで、民法1031条1項は「居住建物の所有者」は、配偶者に対し、「配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う」ものと定めました。

[配偶者居住権の合意をする場合の注意点]
 遺産分割協議で配偶者居住権を設定する場合も、家庭裁判所での調停や審判にて配偶者居住権が設定される場合も、どのような文言なら問題なく登記の申請ができるのか、事前に司法書士や法務局に相談をする必要があります。とくに調停などで、単独申請を想定している場合に、後日登記ができないとなると、再度の交渉が必要となりますので、注意が必要です。
 また、未登記建物の場合は配偶者居住権の設定登記を行う前に、建物所有者は建物表題登記と所有権保存登記の申請を行う必要があります。司法書士のほか、土地家屋調査士にも相談をしておく必要があります。
 加えて、配偶者居住権の設定登記が必要ということは、抹消の際にも登記が必要になるということです。将来配偶者居住権が消滅したときは抹消登記の申請を行う必要があります。
 このように、配偶者居住権を取得した際は、居住建物の所有者は配偶者に対し配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負います(民法1031条)。
 スムーズな登記を意識した交渉が必要となります。

【事案3】

 遺産分割協議により配偶者居住権を取得して長らく名古屋の建物に住んでおりましたが、この度、老人ホームに入居することになりました。配偶者居住権の登記が残っているのですが、どう処理すればよいでしょうか。配偶者居住権を第三者に売却したり、あるいは配偶者居住権を放棄してもよいでしょうか。

[配偶者居住権は第三者に売却できない]
 民法は、配偶者居住権の譲渡を例外なく禁止しています(民法1032条2項)。
 配偶者の居住のための権利であることや、配偶者の死亡により消滅するという特殊性から終期が分からず不安定な権利であることがその理由とされます。
 仮に建物所有者も配偶者も、双方が配偶者居住権を第三者へ売却してよいと了承していても、法律上譲渡できません。差し押さえや強制執行もできませんし、配偶者が破産をしても換価もされません。
 よって、配偶者居住権を売却して資金を得ることはできません。

[配偶者居住権の放棄はできる]
 民法は配偶者居住権の放棄までは禁止していません。そこで、建物所有者と話し合いのうえ、配偶者居住権を放棄する対価として定の金銭を交付するとの合意をすることは考えられます。また、建物所有者の承諾を得れば、建物を第三者に賃貸させ賃料収入を得ることはできます。
 但し、建物所有者と何らかの合意ができない場合に、配偶者が配偶者居住権を換価する適切な方法は、民法は予定しておりません。

[配偶者居住権の課税関係]
 配偶者が、配偶者居住権を放棄する場合、消滅させる合意をする場合、課税関係には注意が必要です。もともと遺産分割協議を行う際も、配偶者居住権は大きな価値のある権利という扱いとなります。大きな価値のある権利を放棄するのですから、配偶者から建物所有者にそのような価値の贈与があったものとみなされます。つまり、居住建物の所有者に対して贈与税が課税される可能性があります。
 もちろん、配偶者死亡により配偶者居住権が消滅した場合には、課税関係は問題になりません。しかし本来存続すべき期間の途中で放棄をしたような場合は、贈与税の課税対象となることを意識した対応が必要です。
 将来事情の変更により配偶者居住権が不要となることは十分にあり得ます。民法の条文上はこの場合の手当てがされているようにはみえませんので、例えば遺産分割協議の際に、「将来配偶者居住権が不要となった場合は、所有者はこれを●●という計算方法により算出された価格で買い取るものとする」という合意をするなど、将来を見据えた対策が必要です。

 まだ始まってから日が経っていない制度で、少なくとも名古屋では家庭裁判所の審判例もほとんどないだろうと思います。
 弁護士のアドバイスを受けずに配偶者居住権を設定し、思わぬ課税に苦しむリスクもあります。
 遺産分割協議で配偶者居住権を取得したい方や、配偶者居住権を遺す遺言を作成したい方は、是非当事務所にご相談ください。

投資被害と回収業務

弁護士 森田祥玄

弁護士には詐欺被害に遭った、投資被害に遭ったとの相談が舞い込みます。

成年後見人業務や保佐人業務、遺言作成業務とセットとなる類型もあります。中小企業の代表者を狙う詐欺も珍しくなく、企業法務とも密接に関連します。

古くからあり、手を変え品を変え、詐欺というものは行われます。
自分は詐欺の被害に遭わないと思っている方もいらっしゃるでしょうが、社会経験がある方でも、詐欺被害に遭います。
金融リテラシーの高い職種の人でも、これで騙される人がいるのかと思えるような取引に飛びついてしまいます。
巨額の詐欺被害については、過去に投資信託や株式投資でまっとうな利益を得た経験のある人のほうが遭いやすいともいえます。
こつこつと続けた証券会社での投資信託を全て解約して、詐欺師に手渡してしまう人もいます。中小企業の社長が税金対策だと信じて大切なお金や、中には自社の株式を差し出してしまうこともあります。
このような方は、本人が詐欺の被害に遭ったことに気づいていなかったり、あるいは薄々気づいていても認めるのが嫌で第三者に相談できないままとなっている方もいます。

類型は実に様々ですが、いくつか古典的な例を挙げます。

【共通の手口】

1 詐欺被害の多くに共通しているのは、最初に配当等の名目で5万円や10万円などキャッシュバックを行い、利益が出ているように思わせる手法を取ることです。
 例えば500万円の詐欺ならば、最初の1年ほどは毎月10万円ほどの振込が継続します。そしてパタッと振込が止まり、「香港の○○さんと連絡が取れない」「議員の○○先生から少し待って欲しいとの連絡があった」「本部から少し待って欲しいというメールが来た」など、支払が止まる連絡が来ます。
 そのような連絡があったあとに、また数回振込があるかもしれませんが、その後は振込が止まります。

2 またやはり共通する手口として挙げられるのが、友人を紹介すれば紹介料が支払われる、という点です。
 その結果、友人や知人を紹介して、二次被害、三次被害を生み出します。
 自分が被害者であっても、加害者にもなり得ます。その場合は紹介者も訴訟の被告として賠償請求をされることになります。

【詐欺の実例1 迷惑メールのパターン】

皆さまも見たことがあるでしょうが、携帯電話に、「〇〇〇万円をさしあげたい」などの迷惑メールが届き、これに返事をしてしまうパターンがあります。
実際にこのメールに返信をした経験はほとんどの方はないでしょうが、このメールに返信をしますと、何回かやり取りが続いた後、「手数料」や「入会金」等の名目で、最初は少額の支払いを要求されます。
最初に払うと、徐々に求められる金額が増え、本人が詐欺であると認識するまで、支払いが続きます。
皆様はこのようなメールをみたときに、どうみても詐欺で、これに返事をする人がいるのかとの疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうが、これに返事をする人がいるから詐欺師もメールを送るのです。
このような「どうみても詐欺」というメールは、「これに返信をする人は騙しやすい」というスクリーンニングの機能も果たしますので、詐欺師にとっても「明らかに詐欺」と思えるメールは効率がよいのです。
そして、一瞬でも本当かもしれないと信じてしまうと、自然とお金を振り込ませる流れに導かれます。
この迷惑メール関連の詐欺事案の相談は、私が弁護士になったころから十数年、一貫して存在し続けています。

【詐欺の実例2 加盟店に加入する例】

「加盟店になれば手数料が入る」と勧誘され、よくわからない加盟店に加入し、加盟料等を支払う詐欺も昔からあります。
私(弁護士)が契約書を読んでも結局何の加盟店なのか理解できない内容のことが多く、実態のないものです。
例えば「高速通信網を整備する。この代理店になる権利を50万円で売却する」などの説明があります。
そして、高速通信網の整備に東京都も愛知県も積極的に関与している、などと、愛知県知事や名古屋市長の写真付きで説明があります。
そして実際に50万円を出しますと、最初の半年ほどは数万円の振り込みがあります。
しかしその後、何らかの理由を付けて振込が止まります。

【詐欺の実例3 仮想通貨を購入する例】

時代の流れかと思いますが、仮想通貨に絡んだ詐欺も増えました。
例えば、ビットコインの次にくる仮想通貨がこれから売り出される、などと勧誘をされます。
そして新たに会員を獲得すると報酬として仮想通貨を支払う、などの内容で、実際に仮想通貨が増えていくメールが定期的に届きます。
そのようなメールを貰うと形式的には仮想通貨が増えているように錯覚をして、とても嬉しくなりますが、もちろんこれらを現金化することはできません。

【詐欺の実例4 貴金属(ゴールド等)の投資を謳う例】

昔から、貴金属(ゴールド等)への投資に絡む詐欺は存在します。
もちろん、適法な業者にとって迷惑な話で、貴金属を買うこと自体は適法です。
この手の詐欺に特徴的なのは、まっとうな投資話ではなく、はじめから違法行為を前提に勧誘をする点です。
例えば外国でゴールドを仕入れ、日本で売れば、○%の純利益が出る、などと、密輸入を前提とした勧誘がされることもあります。
警察に被害相談に行くと、「あなたも違法なことを前提にお金を出しましたよね」と言われてしまうこともあります。
実際にはお金を出す側は全体の流れも分からずに、ただ儲かるとだけ聞いて出資しますので、警察に丁寧に説明をすれば分かってはくれるのですが、警察がなかなか動いてくれない類型の詐欺です。

【詐欺の実例5 過去の詐欺被害を回復すると謳う例】
 
例えば過去に、将来必ず値上がりする未公開株がある、と言われ1000万円を出した事案があったとします。
騙されたことに気付いて、警察や弁護士に相談をしましたが、結局回収できませんでした。
ところが5年ほど経った際に、「あのときの未公開株だが、高値で購入してくれる人が見つかった」などの電話や手紙が届きます。
そして、「まとまった株式を持つ必要があるので、300万円追加購入して欲しい。そうすれば1300万円で買い取る」などと持ちかけられます。
このような、過去に詐欺被害にあった方が、その回復を謳い再度詐欺に遭うパターンは非常に多く見られます。
警察や弁護士、消費生活センターの皆さんが何度注意しても、再度お金を払ってしまう人もいます。

【回収できるのか】
 
上記の例はいずれも名古屋で実際に起き、そして私が実際に担当した詐欺被害事件を簡略化しています。
このような詐欺被害の相談を受けたときは、「回収できるのか」という問題は弁護士を悩ませます。
答えとしては、「回収できないことも多いが、回収できたこともある」という回答になります。

内容証明郵便を送った程度で返金をしてくる業者はありません。
相手が会社を名乗っていても、登記もされていない架空の会社であることも多く、訴訟を提起することも難しい場合もあります。
個人、会社、取締役、従業員等、誰を被告とできるのかも難しい判断が必要となります。
また、つらいところではありますが、友人である紹介者を被告として訴訟を提起することも珍しくありません。
直接の面談、仮差押、訴訟提起、刑事告訴等を複合的に選択しながら、少しでも回収を図っていくことになります。
また、詐欺被害の回収は時間との勝負という側面もあります。
例えば出会い系サイトにお金を費やしたが、実際に会えたことはない、サクラじゃないか、という相談を受けたとします。
この場合、出会い系サイトの運営者は、もちろんサクラではない、と反論をしますが、しかし現在も多数のユーザーがいるような場合は、紛争を避け、サイト側が早期解決を目指すこともあります。出会い系サイト(サクラサイト)、副業支援詐欺、情報商材詐欺などは、早期の弁護士への相談により返金される可能性があります。

詐欺被害は、弁護士にとっても、なかなか見通しを伝えにくい類型で、実際に回収できないことも多々あるのですが、それでも早めの相談が大切です。
ご不安なことがありましたらすぐに弁護士にご相談ください。

損害賠償と相当因果関係

弁護士 森田祥玄

 損害賠償の法律相談を受けておりますと、「この損害についても相手方に請求できますか」という質問を受けることがよくあります。
 その際に相当因果関係論の説明をするのですが、この相当因果関係という考え方は非常に分かりにくいものです。
 そこで、法律相談時に相談者の方にお見せできるように、本ブログに考え方を投稿します。

【民法416条(損害賠償の範囲)】

 まず、民法には、何らかの債務不履行や不法行為があったときに、債務者(加害者)がどこまでの損害賠償義務を負うのかを定めた条文があります。民法416条は債務不履行を想定した条文ですが、判例は不法行為の場合にも類推適用します。

(条文)
1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

【相当因果関係説とは】
 学説上は様々な議論があるところですが、判例は損害賠償の範囲について、「相当因果関係説」と呼ばれる見解を採用しています。
 相当因果関係説とは、①被害者に生じた権利侵害と加害行為との間に、事実レベルでの条件関係(あれなければこれなしの関係)が認められるとともに、②被害者に生じた権利侵害を加害行為に帰することが法的・規範的にみて相当であると評価できるだけの関係(相当性)が必要とする考えです。
 民法416条1項はこの相当因果関係のある範囲の損害までを賠償範囲とすることを定めたものとされます。
 そして民法416条2項では、特別の事情によって生じた損害でも、債務者(加害者側)がその事情を予見すべきであったときは、債権者(被害者)は、その賠償の請求をすることができると定めたものとされています。
 このような相当因果関係説によれば、債務者(加害者)は、まず、民法416条1項によって、「通常生ずべき損害」、すわなち社会通念上相当と考えられる範囲の損害の賠償責任を負うと考えられています。通常生ずべき損害ならば、当事者が予見できたか否かは問題となりません。
 また、民法416条2項によって、「特別の事情」によって生じた損害であっても、「当事者」がその「事情」を(損害の発生ではなく、その「事情」を)予見すべきであったときは、やはり債務者(加害者)損害の賠償責任を負うと考えられています。
 ここでいう当事者とは、債務者(加害者)を指すものとされます。

【具体的な裁判例の紹介1】
 考え方は以上のとおりなのですが、実際の適用の場面になると、どのような判決になるのか予測が難しいのが相当因果関係論です。
 例えば「船が送電線を切ってしまった。その結果大規模な停電が起こり、列車が止まった。鉄道会社が、運賃の払い戻し費用等の損害賠償を、船の会社に求めた」という裁判がありました(東京地裁平成22・9・29判時2095号55頁)。
 判決では、東京地裁は、「相当因果関係の判断にあたっては、被告(加害者)の従業員らにその予見可能性を肯定できるかが問題となる」として、船会社従業員の予見可能性を検討し、結論としては船会社従業員の予見可能性を否定しました(鉄道会社の損害賠償を認めなかった)。
 理由としては、送電線が切断されても直ちに停電が起きるわけではないこと、停電となっても直ちに列車が運行停止になるわけではないこと、他の停電事故で運行停止になっていないこともあったこと、そして停電事故で何もかも損害を認定すると損害が無限に拡がり加害者に酷だという事実上の考慮もして、従業員らの予見可能性を否定しました。

【具体的な裁判例の紹介2】
 12歳の女児の死亡事故(交通事故)で、母親が視力低下を訴え、整体にも通うことになり、心療内科にも通院をした、という裁判がありました(名古屋地裁平成21・12・2交民42巻6号1571頁)。母親の視力低下、整体の治療費については、医師から被害者の死亡が原因である可能性が高いといわれてはいたと認定されているのですが、それでも判決では、視力低下と整体の治療費については事故との間に相当因果関係を認めることは難しいとされました。他方、心療内科の治療費については、事故との間に相当因果関係が認められるとして、請求を一部認容しています。

【相当因果関係で悩んだら】
 相当因果関係の議論は、個別の事情によって判断は異なります。
 上記裁判例の心療内科の治療費などは、大きな事故であったり凄惨な現場を目撃していれば認定されやすいでしょうが、物損事故ならば認定されにくいだろうと思います。また、短期の通院ならば認定されやすいでしょうが、通院が長引いていれば認定されにくいだろうと思います。
 また、例えば、「交通事故に遭って、車から降りた際に別の車に轢かれた(別の車は逃げており、誰か分からない)」という相談を受けたら、ぱっと聞くと認められにくいという印象は持ちますが、例えば高速道路上の事故であった、車両の損傷が大きく路肩に寄せることが困難であった、夜であり見通しが悪かった、などの事情が積み重なれば、認定されることもあるだろうと思います。
 裁判官によっても判断は異なり、第1審が名古屋簡裁、控訴審が名古屋地裁の場合で、異なる結論となったことも一度や二度ではありません。
 弁護士に相談をして、是非、ご自身で納得できる回答を得てください。

Zoomでのセミナー講師

弁護士 森田祥玄

令和2年6月17日に、名古屋のファイナンシャルプランナー(FP)の方を対象とした、セミナー講師を務めさせて頂きました。

Zoomを用いたセミナーです。
画面共有機能でレジュメを表示しながら、FPの皆さまを対象にお話しをさせて頂きました。

世の中にスマートフォンが普及し始めてから、いろいろ便利な機能やアプリを試してはやめを繰り返しておりました。
そして気がつけばフューチャーフォン(ガラケー)に戻り、結局令和になっても依頼者との連絡は電話とメールが中心でした。
遠方や海外の依頼者とはスカイプを用いて打合せをすることはありましたが、その程度で、弁護士登録後十数年、変化のない通信手段を用いておりました。
しかしZoomが今までの便利な機能やアプリと根本的に違うのは、世の中に一気に普及したことです。
ユーザーがこれだけいて、高い知名度もあります。便利なツールであることには間違いないので、Zoom、そしてチームズあたりは、今後も残り続け、日常業務のなかに組み込まれていくのではないかと思います。

セミナーのテーマは、「緊急開催:もしものときの、法人破産の基礎知識」でした。法人破産は専門性が高く、弁護士への相談のタイミングを逸すると困難な場面を迎えます。私はAFP兼弁護士という立場で、相談業務にあたる皆さまが知っておくべき基礎知識をお伝えいたしました。

セミナーをご希望のかたは、当事務所にて対応できるテーマとその費用の見積もりをお出ししますので、遠慮なくお声がけください。
もちろん、破産を考えているかたも、遠慮なくお声がけください。