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時効の更新・完成猶予について2(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文

 改正民法において時効の「完成猶予」及び「更新」を理解するポイントは、旧法で勉強したときの、「あれは中断、これは停止…」という知識を、とりあえず一回すべて忘れてみるのが良いのではないか、というお話をしました。

 「完成猶予」とは、時効の完成が一時猶予されることです。
 「更新」とは、進行していた時効期間の経過がリセットされて新たにゼロから進行を始めるという効果をいいます。

 さて、ではこれらの概念とそれぞれが生じる事由について、どのように理解をしておけばよいでしょうか?
 簡単です。

 改正民法では、原則として、権利者が権利行使の意思を明らかにしたと評価できる事実が生じた場合を 完成猶予事由 としました。
 そして、権利の存在について確証が得られたと評価できる事実が生じた場合を 更新事由 としました。


 例えば、訴訟提起(いわゆる「裁判上の請求」)をした場合、訴えの提起のみだと、ただ権利者が権利行使の意思を明らかにしただけなので、「完成猶予」のみにとどまります(民法147条1項「…時効は、完成しない」)。
 一方、訴訟が進行して判決が出され、権利者の権利が判決で確定された場合には、権利の存在について確証が得られることになる訳ですので、時効が「更新」されるにいたります(民法147条2項「…時効は、…新たにその進行を始める」)。
 分かりやすいですね。

 では、訴え提起をして時効が「完成猶予」されたものの、やっぱり止めたと言って訴えを取り下げてしまった場合はどうなるでしょうか?

 権利者の権利が判決で確定されないままで訴訟が終わってしまった訳ですが、この場合には、その終了の時から6か月を経過するまでの間は時効の完成が猶予されます(民法147条1項柱書かっこ書き)。
 いわゆる「裁判上の催告」という判例法理(最判昭和45年9月10日)が明文化されただけのものです。

(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)
第147条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

 では、以上に述べたこともふまえながら、他の完成猶予事由及び更新事由も見てみましょう。

 次の記事に続きます。

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時効の更新・完成猶予について1(弁護士・法律学習者向け)

弁護士 岡田貴文

 一般の方というよりは、弁護士や法律学習者向けの記事になります。

 2020年4月施行の改正民法で登場した新しい概念として、「時効の更新」「時効の完成猶予」があります。
 分かりやすくなったのですが、旧民法を勉強されていた方からすると逆に混乱してしまうかもしれません。
 その原因は、「時効の『中断』が『更新』に、『停止』が『完成猶予』に改められた」等と解説している書籍があるためです。
 旧民法における中断・停止の概念と、改正民法における更新・完成猶予の概念を結びつけて理解しようとするのが失敗のもとなのですね。

 改正民法を作成した方々による書籍「一問一答 民法(債権関係)改正」の記載を要約すると、以下のとおりです。

・旧法における中断には、時効が完成すべき時が到来しても時効の完成が猶予されるという「完成猶予」の効果と、時効期間の経過が無意味なものとなり新たに零から時効期間を進行させる「更新」の効果とがあった。
・しかし、旧法は、これらの異なる効果を合わせて「中断」という一つの概念を用いていたため、意味内容が理解しにくかった。
・また、債務者が権利を紹介した場合には「更新」の効果のみが生ずるが、履行の催告は「完成猶予」の効果のみが生ずるなど、多岐にわたる中断事由の中には、時効の「完成猶予」の効果と「更新」の効果のいずれか一方が生ずるにとどまるものもあったため、中断の概念の理解は困難なものとなっていた。
・そこで、新法においては、時効の中断について、その効果に着目して時効の「完成猶予」と「更新」というその効果の内容を端的に表現する二つの概念で【再構築】した。
・また、時効の停止についても、その効果の内容を端的に表現する「完成猶予」という概念で【再構築】した。

 つまり、時効の「完成猶予」と「更新」という概念は、新たに【再構築】された概念なのです。
 だから、旧民法における時効の「中断」や「停止」と関連付けて理解しようとすると、こんがらがってしまう訳です。

 ですので、改正民法において時効の「完成猶予」及び「更新」を理解するポイントは、旧法で勉強したときの、「あれは中断、これは停止…」という知識を、とりあえず一回すべて忘れてみるということだったりします。

 次の記事に続きます。

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特別受益該当性(名古屋家庭裁判所の一例)

弁護士 森田祥玄

 親の存命中に、特定の子だけ贈与や生活の支援を受けていた場合、その贈与や支援分を考慮せず遺産分割をするのは不公平なことがあります。
 このような不公平を是正するために、民法903条は、特別受益の持ち戻しという制度を定めました。
 しかし、実際にどのような場合に特別受益に該当するのかは、弁護士に相談をしても曖昧な回答しかもらえずよく分からない、ということもあるかと思います。
 相談を受ける弁護士の立場からしましても、最終的には公平の観点から裁判官が決めることですので、ある程度の指針はあっても断定的な回答までは難しいのが実情です。
 親子ですので人生のなかで様々な贈与や生活の支援が行われております。これらの全てが特別受益に該当するわけではありません。特別受益として評価されるのは、遺産の前渡しと評価できるような贈与や支援に限られます。
 また、法律上特別受益にあたるかという議論と同時に、そのような金銭の交付や支援があったことを立証できるかという問題もあります。
 一応の指針とするため、近時の公刊物(判例時報2445・35)に比較的詳細に特別受益該当性を判断した名古屋家審平31・1・11及び抗告審である名古屋高決令和元・5・17が掲載されておりましたので、名古屋家庭裁判所や名古屋高等裁判所の1つの考え方として、公刊物から分かる範囲で要約します。

【高級時計】
(当事者の主張)
 生前に数百万円の高級時計を贈与されている。
(裁判所の判断)
 確かに高級な時計ではあるが、時計は購入と同時に価値が減少し、年数の経過とともに一層価値が減少する性質がある。また、被相続人は他の相続人や相続人の配偶者に対しても宝飾品や時計など多数譲り渡しており、被相続人は身近な者に対して相ふさわしいと考える贈り物をしていたにすぎない。被相続人の遺産の規模にも照らし、遺産の前渡しといえるほどの贈与とはいえず、特別受益に該当しない。

【被相続人本人ではない法人からの贈与】
(当事者の主張)
 被相続人本人ではないが、関連する法人の口座から引き出されたお金を特定の相続人が受領しており、現金の贈与にあたる。
(裁判所の判断)
 法人と被相続人を全く同一視できるだけの事情はなく、直ちに被相続人からの生前贈与と認めることはできない。

【現金の贈与(明確な送金の証拠はないもの)】
(当事者の主張)
 相続人のうちの1人が記録していた家計簿にアメリカ107000$を送金したと記載されており、これが特別受益にあたる(相手方は送金を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が107000$もの高額な送金をしたとまでは認められない。

【自動車の贈与】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は過去に2台の自動車の贈与を受けている(相手方は贈与を否定)。
(裁判所の判断)
 被相続人が2台の自動車を贈与したという事実を認めるには十分ではなく、特別受益があったということはできない。

【現金の贈与、旅行代金の贈与、クレジットカード利用料】
(当事者の主張)
 相続人のうち1人は、被相続人に現金の贈与を受けており、そのほか旅行代金やクレジットカード利用料も負担して貰っている(相手方も争っていない)
(裁判所の判断)
 相手方も自認しており、証拠上も認定できるため、特別受益と認定。

【結納金】
(当事者の主張)
 被相続人が負担した結納金は特別受益だ。
(裁判所の判断)
 結納金の風習は、夫の親から妻の親への支度金として交付する性質といわれており、本件でもこれに該当し、特別受益にはあたらない。

【結婚式の費用】
(当事者の主張)
 被相続人が結婚式の費用を負担しており、特別受益に該当する。
(裁判所の判断)
 親が子の結婚式の費用を負担することは、そもそも生計の資本の前渡しに該当しない。また、結婚披露宴の請求書の名宛て人が被相続人となっていること、明細書の宛名も「御両家」となっていることから、結婚式及び披露宴の主催者はそれぞれの親であり、親自らの支出であったということもできる。よって特別受益にはあたらない。

【相続人の妻への宝飾品の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に宝飾品を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生活必需品では無いこと、相続人が購入資金を融通するよう求めた事実もないことから、単なる贈り物であり、生計の資本の前渡しとはいえない。

【相続人の妻への50万円の贈与】
(当事者の主張)
 相続人の1人の妻に現金を贈与しており、特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 相続人本人ではないこと、生計の資本の前渡しとまでは評価できないことから特別受益にあたらない。 

【学費、留学費用】
(当事者の主張)
 浪人時代の学費、生活費、留学費用が特別受益にあたる。
(裁判所の判断1)
 被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて四年生大学に進学することや、志望校に合格するために浪人をすること、短期留学をすることが特別なことではない。
(裁判所の判断2)
 通常のものとはいえないほどの学歴であっても、被相続人がそれ(時間と費用を要すること)を許容していたこと、被相続人が援助した費用の精算や返済を求めたことがないこと、他方、自発的に返済していることから、特別受益に該当はせず、仮に該当するとしても明示または黙示の持ち戻し免除の意思表示があった。

【留学中の国民年金保険料及び生命保険料の立替払い】
(当事者の主張)
 留学中の立替払いは特別受益にあたる。
(裁判所の判断)
 留学時は既に高い学歴のある成人であり潜在的な負担能力を有していたこと、国民年金保険料は本来的に自らの負担により支払うべき性質であることから、高齢の親が払うことが直ちに扶養義務の範囲とは認めがたい。
 また、生命保険は終身保険であり相当額の満期保険金がおり、積み立て配当金もつき、中途解約をすれば解約返戻金もあるのだから貯蓄性も高く、やはり直ちに扶養の範囲内とは認めがたい。
 よって、留学中の国民年金保険料及び生命保険料は、被相続人が立て替え払いをした金額は特別受益である(335万円を認定)。

【補足説明】

 特徴的なところとしましては、結納金や結婚式の費用は、そもそも生計の資本の前渡しとはいえないものと判断しています。また、宝飾品の贈与は単なる贈り物であり、原則として特別受益には該当しないと判断しています。
 他方、国民年金保険料と貯蓄性の高い生命保険の保険料は、特別受益に該当すると判断しています。また、当事者が認めている贈与については、宝飾品であっても特別受益に該当するとしています。

【教育費について】
 本件は抗告されており、名古屋高裁にて、特に教育費について争われました(名古屋高決令和元・5・17判時2445・35)。2年間大学院に進学しており、さらにその後10年間に及ぶ海外留学生活を送っているという事情があり、この点が特別受益として考慮されるべきかが争点となりました。
 そして名古屋高裁も名古屋家裁の判断を維持し、結論としては特別受益にあたらないとしています。
 具体的には、
・被相続人一家は教育水準が高かったこと
・被相続人も相当な時間と費用を費やすことを許容していたこと
・相続人が被相続人に自発的に相当額を返還していること、
・被相続人が教育費の精算や返済を求めるなどした形跡はないこと、
・他の相続人や親族に対し高額な時計や宝飾品、金銭の贈与を行っていたこと、
・他の相続人も大学に進学し短期留学を行った経験もあること、
・被相続人の遺産全体も多額であること、
 などを指摘し、特別受益に該当せず、仮に該当するとしても被相続人の明示又は黙示による持戻免除の意思表示があった、と判断しました。

 教育費が特別受益にあたるか、という点は、肯定的な裁判所の判断もあれば、否定的な裁判所の判断もあります。
 肯定例としては、大阪家審昭50・3・26家月28・3・68を挙げることができます。この事件は、相続人のうち1名に障がいがあり、その1名は義務教育を履修せず、婚姻の費用支援も受けていなかった、という事情があり、この点が特別受益として考慮されると判断されました。他の子と比べ1人だけ、障がいを抱え経済的にも恵まれていないという背景事情を考慮したものと思われます。
 他によく特別受益に該当すると主張する側から証拠として出される審判例として、京都家審平2・5・1家月43・2・153があります。この審判例は、相続人のうち1名だけが下宿をして私立の4年制大学を卒業しておりました。裁判所は、私立大学に下宿して通学する場合の費用を、4年間の合計758万円として、これを特別受益として認めました。
 ただ、この審判例はよく読みますと、被相続人は染工業を営んでおり、他の相続人は家業を子供の頃から手伝っていたようです。また、家業は被相続人死亡後に、経営不振により廃業に至っています。家業を引き継いだ相続人が廃業後も債務の返済を続けており、今なお約800万円の債務が残っている、と裁判所に認定されています。
 他方、4年制大学を卒業した相続人は私立大学経済学部を卒業後、新聞記者として働いており、家業に貢献した事実はないと認定されています。
 このような背景事情も考慮したうえで、公平の観点から特別受益にあたると判断したものと思われます。特定の相続人が800万円の債務を負っているという特殊性があり、一般化できないように思われます。

 特別受益に該当するかはあくまで「公平の観点から裁判所が決める」というものです。 調停手続で双方相続人が広汎に特別受益を主張し合うことも珍しくはありませんが、裁判所が特別受益と認定するには一定のハードルがあります。紛争全体の落としどころがどこなのか、何をもって公平と考えるのかを、ご依頼する弁護士とよくご相談ください。

配偶者居住権の活用

弁護士 森田祥玄

 平成30年民法(相続法)改正により、配偶者居住権が創設されました。令和2年(2020年)4月1日以後に開始する相続において適用されます。
 配偶者居住権は一連の債権法や相続法改正のなかでも調査・学習の手が回りにくいところにありますので、このブログで概要をまとめます。

【事案1】

 私は名古屋の夫名義の不動産に、夫婦2人で暮らしていました。しかし先日、夫が亡くなりました。夫には前妻の子どもがおり、愛知県内で別の賃貸マンションに居住しております。子どもにはすぐに不動産が必要な事情はありませんが、いずれはお金に換えたいようです。
 私たちはこれから遺産分割協議を行う必要があります。
 私の希望は、この不動産に住み続けることと、預貯金のうち、今後の最低限の生活費を相続することです。配偶者居住権を取得して、住み続けることはできるでしょうか。

[配偶者居住権の制度趣旨]

 被相続人が亡くなった配偶者は、引き続き被相続人所有(この事案の場合夫名義)の建物に居住したい、と願うことが多くあります。
 しかし、配偶者が不動産を相続すると、その分、取得できる預貯金が減少します。配偶者としては、建物にも住みたい、しかも生活費程度の預貯金も相続したい、という思いが生じます。
 そこで、民法は配偶者に、居住建物について、所有権ではなく配偶者居住権を取得するという選択肢を設けました。これにより、配偶者が居住建物に住みながらも預貯金も相続できる可能性を実現させました。

[配偶者居住権の要件]
 
 このような配偶者居住権が規定された民法1028条1項を確認しますと、
 「被相続人の配偶者」
 が、
 「被相続人の財産に属した建物に」、
 「相続開始の時に居住していた場合」において、
 「遺産分割によって配偶者者居住権を取得するものとされたとき、または配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき」
 に取得するものとされています。

 まず、「配偶者」とされており、これは法律上の配偶者を指します。内縁の配偶者は含まれません。
 また、「被相続人の財産に属した建物」であることとされておりますので、被相続人が借りていた建物の場合、配偶者居住権は成立しません。なお、被相続人が居住建物を配偶者以外の第三者と共有していた場合も、配偶者居住権は成立しません(民法1028条1項柱書但書き)。
 さらに配偶者が「相続開始の時に居住していた場合」である必要があります。この「居住していた」という要件については解釈の余地があります。配偶者が相続開始の時点で入院していたような場合であっても、いずれ帰宅する予定があったのならば要件は満たすでしょう。
 事案1の場合、配偶者居住権の要件を満たしますので、不動産の所有権を子に渡す代わりに、配偶者居住権と今後の生活費程度の預貯金を取得したい、と交渉をすることは十分に考えられます。

【事案2】

 遺産分割協議により配偶者居住権を取得し、建物に住んでおりましたところ、所有者となった子が第三者に勝手に建物を売却してしまいました。私はこの第三者に対して配偶者居住権を主張することはできるのでしょうか。

[配偶者居住権と登記]

 配偶者居住権の対抗要件は登記です。配偶者居住権の設定登記を備えていなければ、第三者に配偶者居住権を主張できないのが原則です。

[配偶者居住権に登記が要求される趣旨]

 配偶者居住権は、建物使用の対価さえ支払う必要のない、無償で使用を継続できる強力な権利です。
 建物譲受人等の第三者や、差し押さえをしようとする債権者、あるいは抵当権を設定しようとする債権者に与える影響が大きいものです。
 そこで、民法1031条1項は「居住建物の所有者」は、配偶者に対し、「配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う」ものと定めました。

[配偶者居住権の合意をする場合の注意点]
 遺産分割協議で配偶者居住権を設定する場合も、家庭裁判所での調停や審判にて配偶者居住権が設定される場合も、どのような文言なら問題なく登記の申請ができるのか、事前に司法書士や法務局に相談をする必要があります。とくに調停などで、単独申請を想定している場合に、後日登記ができないとなると、再度の交渉が必要となりますので、注意が必要です。
 また、未登記建物の場合は配偶者居住権の設定登記を行う前に、建物所有者は建物表題登記と所有権保存登記の申請を行う必要があります。司法書士のほか、土地家屋調査士にも相談をしておく必要があります。
 加えて、配偶者居住権の設定登記が必要ということは、抹消の際にも登記が必要になるということです。将来配偶者居住権が消滅したときは抹消登記の申請を行う必要があります。
 このように、配偶者居住権を取得した際は、居住建物の所有者は配偶者に対し配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負います(民法1031条)。
 スムーズな登記を意識した交渉が必要となります。

【事案3】

 遺産分割協議により配偶者居住権を取得して長らく名古屋の建物に住んでおりましたが、この度、老人ホームに入居することになりました。配偶者居住権の登記が残っているのですが、どう処理すればよいでしょうか。配偶者居住権を第三者に売却したり、あるいは配偶者居住権を放棄してもよいでしょうか。

[配偶者居住権は第三者に売却できない]
 民法は、配偶者居住権の譲渡を例外なく禁止しています(民法1032条2項)。
 配偶者の居住のための権利であることや、配偶者の死亡により消滅するという特殊性から終期が分からず不安定な権利であることがその理由とされます。
 仮に建物所有者も配偶者も、双方が配偶者居住権を第三者へ売却してよいと了承していても、法律上譲渡できません。差し押さえや強制執行もできませんし、配偶者が破産をしても換価もされません。
 よって、配偶者居住権を売却して資金を得ることはできません。

[配偶者居住権の放棄はできる]
 民法は配偶者居住権の放棄までは禁止していません。そこで、建物所有者と話し合いのうえ、配偶者居住権を放棄する対価として定の金銭を交付するとの合意をすることは考えられます。また、建物所有者の承諾を得れば、建物を第三者に賃貸させ賃料収入を得ることはできます。
 但し、建物所有者と何らかの合意ができない場合に、配偶者が配偶者居住権を換価する適切な方法は、民法は予定しておりません。

[配偶者居住権の課税関係]
 配偶者が、配偶者居住権を放棄する場合、消滅させる合意をする場合、課税関係には注意が必要です。もともと遺産分割協議を行う際も、配偶者居住権は大きな価値のある権利という扱いとなります。大きな価値のある権利を放棄するのですから、配偶者から建物所有者にそのような価値の贈与があったものとみなされます。つまり、居住建物の所有者に対して贈与税が課税される可能性があります。
 もちろん、配偶者死亡により配偶者居住権が消滅した場合には、課税関係は問題になりません。しかし本来存続すべき期間の途中で放棄をしたような場合は、贈与税の課税対象となることを意識した対応が必要です。
 将来事情の変更により配偶者居住権が不要となることは十分にあり得ます。民法の条文上はこの場合の手当てがされているようにはみえませんので、例えば遺産分割協議の際に、「将来配偶者居住権が不要となった場合は、所有者はこれを●●という計算方法により算出された価格で買い取るものとする」という合意をするなど、将来を見据えた対策が必要です。

 まだ始まってから日が経っていない制度で、少なくとも名古屋では家庭裁判所の審判例もほとんどないだろうと思います。
 弁護士のアドバイスを受けずに配偶者居住権を設定し、思わぬ課税に苦しむリスクもあります。
 遺産分割協議で配偶者居住権を取得したい方や、配偶者居住権を遺す遺言を作成したい方は、是非当事務所にご相談ください。

投資被害と回収業務

弁護士 森田祥玄

弁護士には詐欺被害に遭った、投資被害に遭ったとの相談が舞い込みます。

成年後見人業務や保佐人業務、遺言作成業務とセットとなる類型もあります。中小企業の代表者を狙う詐欺も珍しくなく、企業法務とも密接に関連します。

古くからあり、手を変え品を変え、詐欺というものは行われます。
自分は詐欺の被害に遭わないと思っている方もいらっしゃるでしょうが、社会経験がある方でも、詐欺被害に遭います。
金融リテラシーの高い職種の人でも、これで騙される人がいるのかと思えるような取引に飛びついてしまいます。
巨額の詐欺被害については、過去に投資信託や株式投資でまっとうな利益を得た経験のある人のほうが遭いやすいともいえます。
こつこつと続けた証券会社での投資信託を全て解約して、詐欺師に手渡してしまう人もいます。中小企業の社長が税金対策だと信じて大切なお金や、中には自社の株式を差し出してしまうこともあります。
このような方は、本人が詐欺の被害に遭ったことに気づいていなかったり、あるいは薄々気づいていても認めるのが嫌で第三者に相談できないままとなっている方もいます。

類型は実に様々ですが、いくつか古典的な例を挙げます。

【共通の手口】

1 詐欺被害の多くに共通しているのは、最初に配当等の名目で5万円や10万円などキャッシュバックを行い、利益が出ているように思わせる手法を取ることです。
 例えば500万円の詐欺ならば、最初の1年ほどは毎月10万円ほどの振込が継続します。そしてパタッと振込が止まり、「香港の○○さんと連絡が取れない」「議員の○○先生から少し待って欲しいとの連絡があった」「本部から少し待って欲しいというメールが来た」など、支払が止まる連絡が来ます。
 そのような連絡があったあとに、また数回振込があるかもしれませんが、その後は振込が止まります。

2 またやはり共通する手口として挙げられるのが、友人を紹介すれば紹介料が支払われる、という点です。
 その結果、友人や知人を紹介して、二次被害、三次被害を生み出します。
 自分が被害者であっても、加害者にもなり得ます。その場合は紹介者も訴訟の被告として賠償請求をされることになります。

【詐欺の実例1 迷惑メールのパターン】

皆さまも見たことがあるでしょうが、携帯電話に、「〇〇〇万円をさしあげたい」などの迷惑メールが届き、これに返事をしてしまうパターンがあります。
実際にこのメールに返信をした経験はほとんどの方はないでしょうが、このメールに返信をしますと、何回かやり取りが続いた後、「手数料」や「入会金」等の名目で、最初は少額の支払いを要求されます。
最初に払うと、徐々に求められる金額が増え、本人が詐欺であると認識するまで、支払いが続きます。
皆様はこのようなメールをみたときに、どうみても詐欺で、これに返事をする人がいるのかとの疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうが、これに返事をする人がいるから詐欺師もメールを送るのです。
このような「どうみても詐欺」というメールは、「これに返信をする人は騙しやすい」というスクリーンニングの機能も果たしますので、詐欺師にとっても「明らかに詐欺」と思えるメールは効率がよいのです。
そして、一瞬でも本当かもしれないと信じてしまうと、自然とお金を振り込ませる流れに導かれます。
この迷惑メール関連の詐欺事案の相談は、私が弁護士になったころから十数年、一貫して存在し続けています。

【詐欺の実例2 加盟店に加入する例】

「加盟店になれば手数料が入る」と勧誘され、よくわからない加盟店に加入し、加盟料等を支払う詐欺も昔からあります。
私(弁護士)が契約書を読んでも結局何の加盟店なのか理解できない内容のことが多く、実態のないものです。
例えば「高速通信網を整備する。この代理店になる権利を50万円で売却する」などの説明があります。
そして、高速通信網の整備に東京都も愛知県も積極的に関与している、などと、愛知県知事や名古屋市長の写真付きで説明があります。
そして実際に50万円を出しますと、最初の半年ほどは数万円の振り込みがあります。
しかしその後、何らかの理由を付けて振込が止まります。

【詐欺の実例3 仮想通貨を購入する例】

時代の流れかと思いますが、仮想通貨に絡んだ詐欺も増えました。
例えば、ビットコインの次にくる仮想通貨がこれから売り出される、などと勧誘をされます。
そして新たに会員を獲得すると報酬として仮想通貨を支払う、などの内容で、実際に仮想通貨が増えていくメールが定期的に届きます。
そのようなメールを貰うと形式的には仮想通貨が増えているように錯覚をして、とても嬉しくなりますが、もちろんこれらを現金化することはできません。

【詐欺の実例4 貴金属(ゴールド等)の投資を謳う例】

昔から、貴金属(ゴールド等)への投資に絡む詐欺は存在します。
もちろん、適法な業者にとって迷惑な話で、貴金属を買うこと自体は適法です。
この手の詐欺に特徴的なのは、まっとうな投資話ではなく、はじめから違法行為を前提に勧誘をする点です。
例えば外国でゴールドを仕入れ、日本で売れば、○%の純利益が出る、などと、密輸入を前提とした勧誘がされることもあります。
警察に被害相談に行くと、「あなたも違法なことを前提にお金を出しましたよね」と言われてしまうこともあります。
実際にはお金を出す側は全体の流れも分からずに、ただ儲かるとだけ聞いて出資しますので、警察に丁寧に説明をすれば分かってはくれるのですが、警察がなかなか動いてくれない類型の詐欺です。

【詐欺の実例5 過去の詐欺被害を回復すると謳う例】
 
例えば過去に、将来必ず値上がりする未公開株がある、と言われ1000万円を出した事案があったとします。
騙されたことに気付いて、警察や弁護士に相談をしましたが、結局回収できませんでした。
ところが5年ほど経った際に、「あのときの未公開株だが、高値で購入してくれる人が見つかった」などの電話や手紙が届きます。
そして、「まとまった株式を持つ必要があるので、300万円追加購入して欲しい。そうすれば1300万円で買い取る」などと持ちかけられます。
このような、過去に詐欺被害にあった方が、その回復を謳い再度詐欺に遭うパターンは非常に多く見られます。
警察や弁護士、消費生活センターの皆さんが何度注意しても、再度お金を払ってしまう人もいます。

【回収できるのか】
 
上記の例はいずれも名古屋で実際に起き、そして私が実際に担当した詐欺被害事件を簡略化しています。
このような詐欺被害の相談を受けたときは、「回収できるのか」という問題は弁護士を悩ませます。
答えとしては、「回収できないことも多いが、回収できたこともある」という回答になります。

内容証明郵便を送った程度で返金をしてくる業者はありません。
相手が会社を名乗っていても、登記もされていない架空の会社であることも多く、訴訟を提起することも難しい場合もあります。
個人、会社、取締役、従業員等、誰を被告とできるのかも難しい判断が必要となります。
また、つらいところではありますが、友人である紹介者を被告として訴訟を提起することも珍しくありません。
直接の面談、仮差押、訴訟提起、刑事告訴等を複合的に選択しながら、少しでも回収を図っていくことになります。
また、詐欺被害の回収は時間との勝負という側面もあります。
例えば出会い系サイトにお金を費やしたが、実際に会えたことはない、サクラじゃないか、という相談を受けたとします。
この場合、出会い系サイトの運営者は、もちろんサクラではない、と反論をしますが、しかし現在も多数のユーザーがいるような場合は、紛争を避け、サイト側が早期解決を目指すこともあります。出会い系サイト(サクラサイト)、副業支援詐欺、情報商材詐欺などは、早期の弁護士への相談により返金される可能性があります。

詐欺被害は、弁護士にとっても、なかなか見通しを伝えにくい類型で、実際に回収できないことも多々あるのですが、それでも早めの相談が大切です。
ご不安なことがありましたらすぐに弁護士にご相談ください。

損害賠償と相当因果関係

弁護士 森田祥玄

 損害賠償の法律相談を受けておりますと、「この損害についても相手方に請求できますか」という質問を受けることがよくあります。
 その際に相当因果関係論の説明をするのですが、この相当因果関係という考え方は非常に分かりにくいものです。
 そこで、法律相談時に相談者の方にお見せできるように、本ブログに考え方を投稿します。

【民法416条(損害賠償の範囲)】

 まず、民法には、何らかの債務不履行や不法行為があったときに、債務者(加害者)がどこまでの損害賠償義務を負うのかを定めた条文があります。民法416条は債務不履行を想定した条文ですが、判例は不法行為の場合にも類推適用します。

(条文)
1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。

【相当因果関係説とは】
 学説上は様々な議論があるところですが、判例は損害賠償の範囲について、「相当因果関係説」と呼ばれる見解を採用しています。
 相当因果関係説とは、①被害者に生じた権利侵害と加害行為との間に、事実レベルでの条件関係(あれなければこれなしの関係)が認められるとともに、②被害者に生じた権利侵害を加害行為に帰することが法的・規範的にみて相当であると評価できるだけの関係(相当性)が必要とする考えです。
 民法416条1項はこの相当因果関係のある範囲の損害までを賠償範囲とすることを定めたものとされます。
 そして民法416条2項では、特別の事情によって生じた損害でも、債務者(加害者側)がその事情を予見すべきであったときは、債権者(被害者)は、その賠償の請求をすることができると定めたものとされています。
 このような相当因果関係説によれば、債務者(加害者)は、まず、民法416条1項によって、「通常生ずべき損害」、すわなち社会通念上相当と考えられる範囲の損害の賠償責任を負うと考えられています。通常生ずべき損害ならば、当事者が予見できたか否かは問題となりません。
 また、民法416条2項によって、「特別の事情」によって生じた損害であっても、「当事者」がその「事情」を(損害の発生ではなく、その「事情」を)予見すべきであったときは、やはり債務者(加害者)損害の賠償責任を負うと考えられています。
 ここでいう当事者とは、債務者(加害者)を指すものとされます。

【具体的な裁判例の紹介1】
 考え方は以上のとおりなのですが、実際の適用の場面になると、どのような判決になるのか予測が難しいのが相当因果関係論です。
 例えば「船が送電線を切ってしまった。その結果大規模な停電が起こり、列車が止まった。鉄道会社が、運賃の払い戻し費用等の損害賠償を、船の会社に求めた」という裁判がありました(東京地裁平成22・9・29判時2095号55頁)。
 判決では、東京地裁は、「相当因果関係の判断にあたっては、被告(加害者)の従業員らにその予見可能性を肯定できるかが問題となる」として、船会社従業員の予見可能性を検討し、結論としては船会社従業員の予見可能性を否定しました(鉄道会社の損害賠償を認めなかった)。
 理由としては、送電線が切断されても直ちに停電が起きるわけではないこと、停電となっても直ちに列車が運行停止になるわけではないこと、他の停電事故で運行停止になっていないこともあったこと、そして停電事故で何もかも損害を認定すると損害が無限に拡がり加害者に酷だという事実上の考慮もして、従業員らの予見可能性を否定しました。

【具体的な裁判例の紹介2】
 12歳の女児の死亡事故(交通事故)で、母親が視力低下を訴え、整体にも通うことになり、心療内科にも通院をした、という裁判がありました(名古屋地裁平成21・12・2交民42巻6号1571頁)。母親の視力低下、整体の治療費については、医師から被害者の死亡が原因である可能性が高いといわれてはいたと認定されているのですが、それでも判決では、視力低下と整体の治療費については事故との間に相当因果関係を認めることは難しいとされました。他方、心療内科の治療費については、事故との間に相当因果関係が認められるとして、請求を一部認容しています。

【相当因果関係で悩んだら】
 相当因果関係の議論は、個別の事情によって判断は異なります。
 上記裁判例の心療内科の治療費などは、大きな事故であったり凄惨な現場を目撃していれば認定されやすいでしょうが、物損事故ならば認定されにくいだろうと思います。また、短期の通院ならば認定されやすいでしょうが、通院が長引いていれば認定されにくいだろうと思います。
 また、例えば、「交通事故に遭って、車から降りた際に別の車に轢かれた(別の車は逃げており、誰か分からない)」という相談を受けたら、ぱっと聞くと認められにくいという印象は持ちますが、例えば高速道路上の事故であった、車両の損傷が大きく路肩に寄せることが困難であった、夜であり見通しが悪かった、などの事情が積み重なれば、認定されることもあるだろうと思います。
 裁判官によっても判断は異なり、第1審が名古屋簡裁、控訴審が名古屋地裁の場合で、異なる結論となったことも一度や二度ではありません。
 弁護士に相談をして、是非、ご自身で納得できる回答を得てください。

Zoomでのセミナー講師

弁護士 森田祥玄

令和2年6月17日に、名古屋のファイナンシャルプランナー(FP)の方を対象とした、セミナー講師を務めさせて頂きました。

Zoomを用いたセミナーです。
画面共有機能でレジュメを表示しながら、FPの皆さまを対象にお話しをさせて頂きました。

世の中にスマートフォンが普及し始めてから、いろいろ便利な機能やアプリを試してはやめを繰り返しておりました。
そして気がつけばフューチャーフォン(ガラケー)に戻り、結局令和になっても依頼者との連絡は電話とメールが中心でした。
遠方や海外の依頼者とはスカイプを用いて打合せをすることはありましたが、その程度で、弁護士登録後十数年、変化のない通信手段を用いておりました。
しかしZoomが今までの便利な機能やアプリと根本的に違うのは、世の中に一気に普及したことです。
ユーザーがこれだけいて、高い知名度もあります。便利なツールであることには間違いないので、Zoom、そしてチームズあたりは、今後も残り続け、日常業務のなかに組み込まれていくのではないかと思います。

セミナーのテーマは、「緊急開催:もしものときの、法人破産の基礎知識」でした。法人破産は専門性が高く、弁護士への相談のタイミングを逸すると困難な場面を迎えます。私はAFP兼弁護士という立場で、相談業務にあたる皆さまが知っておくべき基礎知識をお伝えいたしました。

セミナーをご希望のかたは、当事務所にて対応できるテーマとその費用の見積もりをお出ししますので、遠慮なくお声がけください。
もちろん、破産を考えているかたも、遠慮なくお声がけください。

冤罪で逮捕される件数

弁護士 森田祥玄

1 弁護士業務を行っていると、冤罪で逮捕・勾留される事案に、定期的に出会います。統計があるわけではありませんし、捜査側が冤罪であったと認める案件はごく例外ですので、件数は分かりませんが、私個人としては、「明らかに冤罪で、身柄拘束を受けたうえで不起訴で終わる」、という案件を数年に1回は担当します。愛知県に私と同じような街弁が1500人いるとしたら、愛知県で年間500件~700件ほどは冤罪で逮捕されているというのが私の個人的な感覚です。
2 これを多いとみるか少ないとみるかは人によるかと思います。愛知県の交通事故死者数は、ピーク時は912人、最近は減少を続け令和元年は156名でした。また、年間1万人に1人が冤罪で逮捕されるとしたら、愛知県だとだいたい700件ほどになります。刑事弁護を主要業務とする弁護士のかたは桁が違うぐらいもっとある、という感覚かもしれません。
3 冤罪で逮捕された本人は、一体何が起こっているのか分かりません。私は接見室で、「冤罪で逮捕されることも結構ありますよ。この仕事をしているとよく出会いますよ。」とお伝えするのですが、そんな実態を普通の人は知らないものですので、ショックを受け、どう対応すればよいのか分からなくなります。決してそのような実態が報道されていないわけではなく、例えば2012年に起きたPC遠隔操作事件では、無実の人が4人逮捕され、しかもそのうち2人は無実なのに自白をしています。また、2010年には検察官が証拠を偽造し無実の人を有罪直前まで追い込んだ事件も報道されています。しかし、なかなか自分のことにならないと、意識されません。我が国に住む人は、誰もが冤罪による逮捕・勾留と隣あわせの生活を送っているのです。
4 令和2年3月はコロナウイルスの影響で、顧問先や友人、知人から相談が殺到し、私も休みなく働き続けていたのですが、そのような中でどうみても冤罪と思える、不要不急に逮捕された事案を担当させて頂きました。
5 逮捕の一報を聞き当日夜遅く接見に行きますと、「あぁ、これは完全に冤罪だ」という事案でした。接見室から出て、担当警察官に、どうしてこれで逮捕できるのだ、と抗議しますと、「逮捕は裁判官が認めたものだ」との回答でした。それはそうですね。裁判官には是非とも、冤罪での逮捕・勾留に抗議を受けた警察官は、「裁判官が認めたものだ」と反論をすることを知って頂きたいものです。
6 その後、裁判官に対して勾留すべきでないとの意見書を出し、勾留に対する準抗告、特別抗告、勾留理由開示、勾留延長に対する準抗告、特別抗告を行いましたが、結局身柄拘束は続き、最終的には不起訴処分で終わりました。
7 今回は勾留理由開示という、あまり行われない手続を行いました。裁判官は紋切り型の説明をするだけで意味のない手続だという意見もありますが、今回の裁判官は誠実に、世の中の人は誰もが犯罪を行った可能性がある、という程度の説明はしてくださいました。捜査側がどのような説明をしているのかを知ることはできますし、今回は、「本当にこれ以上証拠はないのだな」ということを知ることもできましたので、場合によっては申し立ててもよい手続だろうと思います。
8 なお、あまりにやり方がおかしいため、不起訴処分後に担当警察官に改めて抗議をしようとしましたら、担当者はこの春で異動になりました、との回答でした。異動前に案件を処理してしまう、ということだったのでしょうか。
9 依頼者のかたには、周りの人に、冤罪での逮捕というものが世の中には多数存することを説明して欲しい、との要望を受けており、このブログ記事を投稿いたしました。冤罪で逮捕される世の中であることは、警察も、検察官も、マスコミも、弁護士も、よく知っていることです。ロシアンルーレットのように一部の人が犠牲になります。職業や資産を問わず冤罪の犠牲になり得る点は公平とさえ言えるかもしれません。個々の警察官や裁判官が悪意を持っているわけではなく、誰が悪いのか、何を直せばいいのか分からないまま、そのような運用が続いております。まずは、多くの人にそのような実態があることは知って頂いた方がよいだろうと思います。

インターンシップ・エクスターンシップ生の受け入れ

弁護士 森田祥玄

令和2年2月の2週間、私のもとへ名古屋地区の法科大学院の学生が、エクスターンシップ生として来て下さいます。
私は平成28年、平成29年、平成30年、令和元年と4年間、名古屋地区の法学部の学生のインターンシップ生を受け入れておりますが、今回初めて、法科大学院生の学生を受け入れます。
インターンシップとエクスターンシップがどう違うのかですが、インターンシップの大きな目的の1つに、志望する職業を知ることで、ミスマッチを防ぐことがあります。他方、エクスターンシップは、既に志望する職業(私のもとに来て下さる方の場合は弁護士)が決まっており、当該職業に対する理解を深めることが目的とされております。
インターンシップに来た法学部の学生は、「弁護士は毎日示談交渉を行うのだな。心が疲弊する仕事だな、やめておこう」と選択することができますが、エクスターンシップの学生には、「弁護士は毎日示談交渉を行うのだな。やりがいのある楽しそうな仕事だな」と思って頂く必要があります。進路選択のためではなく、既に選択した進路(弁護士)について理解を深めるという点に、特徴があります。
インターンシップやエクスターンシップを受け入れることは弁護士にとって光栄なことであり、周りの弁護士も、インターンシップやエクスターンシップを受け入れることができるということは、きちんとした弁護士なのだろう、との評価を与えてくださっていると(勝手に)思っています。少なくとも私は、インターンシップやエクスターンシップを受け入れている弁護士のかたに対してそういう思いを持ちます。
私は昔ながらの示談交渉と訴訟手続・調停手続を行う弁護士ではありますが、数年後には様変わりしている業務を数年後に弁護士になるかたに見ていただいても仕方がないのではないか、という悩みはあります。
弁護士が日々扱う紛争類型も、時代の流れにより大きく移り変わりがあります。私が弁護士になった当時は過払金返還請求や破産申立の件数が多数ありましたが、現在は減少しております。また、交通事故の裁判は今も増加傾向にありますが、自動運転の影響が何年後に出てくるのかの予想は難しいところがあります。今は相続や離婚に注力する弁護士が増えておりますが、裁判所が発表する統計上は件数としてそれほど増えているわけではありません。他方、世界の人口は未だに増え続けており、従前とは異なる弁護士需要が存することもまた事実です。
また、私の業務は移動時間が多くを占めております。現在担当している裁判だけでも、名古屋だけではなく、一宮や春日井、津島、瀬戸等の裁判所の案件もあります。また、岡崎、半田だけではなく、岐阜や四日市、津の裁判所の案件も係属しております。移動時間が多いという私の業態は、私は電車で本を読めるのでとても好きな業態なのですが、現在進められている裁判のIT化で数年後には大きく変わるだろうと思います。


エクスターンシップに来て下さる方には、将来の弁護士業界が様変わりしている前提で、将来も変わらないであろうと私が予測する弁護士業務の楽しさやつらさ、心構えをお伝えできればと考えております。


依頼者の皆さまにご迷惑をお掛けすることがないよう責任を持って担当させていただきますので、何卒ご理解の程、お願いいたします。

【弁護士向け】民法改正への対応

弁護士 森田祥玄

令和2年(2020年)4月に、民法(債権法)がおよそ120年ぶりに改正されます。
民法が制定されたのは明治29年、1896年です。
廃刀令が発布されたのが明治9年、るろうに剣心の物語の始まりが明治11年、日清戦争開始が明治27年ですので、いかに古くから使われている法律だったかが分かります。別の視点からは、いかによくできた法律だったかが分かります。
それ以降もまったく改正がなかったわけではなく、平成16年(2005年)には民法をひらがなにするなどの改正が行われました。しかし今回の改正は、債権法の歴史の中ではもっとも大きな改正になります。
弁護士の皆さまの対応も、せっかく民法を勉強してきたのにどうしてくれるんだと憤りを感じながらも弁護士会の研修に出席する方、もう一度法科大学院に入り直したいと現実逃避をされておられる方など、様々かと思います。
泣いても笑っても、4月はやってきます。4月以降に賃貸借契約を締結する場合には、極度額を記載しなければ連帯保証契約そのものが効力が生じません。4月以降に発生した交通事故については遅延損害金や逸失利益の計算が異なります。弁護士会で開かれる研修を受け、自分で勉強して、どうにか対応していくしかありません。

そこで私が現在までに自分で購入させて頂いた書籍を紹介させていただきます。ごく普通の名古屋の街弁の、2020年1月現在の感想ですが、参考にしてください。偉そうに書評として書いておりますが、ここに記載している本はいずれも私が購入した方がよい、素晴らしいと思った本です。

【東京リーガルマインドLEC総合研究所「2020年版 司法試験&予備試験 完全整理択一六法 民法」】
最初に紹介するのはやはりこの本でしょうか。若手弁護士ならばご存じかと思いますが、司法試験・予備試験対策用の逐条解説テキストです。通読する本ではありませんが、民法の条文に出会う度に択一六法を読む、という作業を繰り返せば、理解が進みます。なりふりかまっていられない実務家にはありがたいテキストです。

【黒松百亜先生「マンガでわかる!民法の大改正」】
 アマゾンで「マンガ 民法改正」で検索をして最初に出てきた本です。2019年7月に第2刷も発売されました。もう少し条文も書いて頂けるとありがたいのですが、弁護士が主要なターゲットではないので仕方ないですね。自分で条文を引く練習にはなります。数時間で読めます。

【アガルートアカデミー「マンガでやさしくわかる試験に出る民法改正」】
 アマゾンで「マンガ 民法改正」で検索をして2番目に出てきた本です。やはりすっと読めます。私は知りませんでしたが、今はアガルートアカデミーという司法試験予備校があるそうです。

【道垣内弘人先生「リーガルベイシス民法入門第3版」】
 民法を初めて学ぶ人でも読める、民法の入門書です。顧問先法務部の方との民法勉強会にこの本をテキストとして指定させて頂いてたことがあり、私にとっては読みやすい慣れている本です。冒頭部分は特に入門的な内容が続き、弁護士にはつらいかもしれません。思い切って前半3分の1を飛ばして、契約部分から読むと良いかと思います。私は長らくお世話になっている入門書で、民法の入門的内容を教える必要のある人にはおすすめです。

【阿部・井窪・片山法律事務所「契約書作成の実務と書式 — 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」】
 民法の本ではありませんが、この年末年始で通読させて頂きました。旧法を現行法と述べている点からして、第2刷等で修正を重ねていく前提のように思います。読者の期待値が高すぎたのかアマゾンのレビューは辛口なものもあり、確かに急いで発刊をした印象がありますが、それでも契約書修正関連では類書は少なく、私は現段階では手元に置いておいたほうがよい本だと思います。

【弁護士法人飛翔法律事務所「改訂3版 実践 契約書チェックマニュアル」】
 やはり民法の本ではありませんが、手元においたほうがよい本として挙げさせて頂きます(私も第3版は通読はしておりませんが)。第2版を、私が事務所内で若手弁護士に契約書チェックの勉強会を開く際に参考資料として利用させて頂いておりました。

【嶋寺基先生「新しい民法と保険実務」】
 新しい民法を、保険実務という切り口からまとめた本です。切り口を変えた本を読むことで民法を立体的に理解できるという点から、保険実務をあまり扱わない弁護士にもおすすめです。保険実務を扱う弁護士は一読した方がよいだろうと思います。

【潮見佳男先生ほか「Before/After 民法改正」】
 この本がもっともおすすめで、4月以降当分、共通言語の基本書となるのではないかと思います。事例があったほうが頭に入りやすく、1つの事例に対する解説もコンパクトですので、読み進めることができます。この本を読みながら、条文を引くことで、一歩深い理解に到達できる…気がします。私がこの本を読んだのは2年以上前で訂正もあるようですので、改めて最新版を購入し直し、4月までに読み直す予定でおります。

 以上、業界人向けの記事です。皆さま、4月に向けて共に頑張りましょう。