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遺言書の筆跡を筆跡鑑定で争う際の注意点

弁護士 森田祥玄

 近時の判例雑誌に筆跡鑑定の信用性を検討した裁判例が掲載されておりました(仙台高判令3・1・13判タ1491・57)。あまり筆跡鑑定の信用性を判断した裁判例は公刊物に掲載されませんので、紹介させて頂き、遺言書の筆跡を筆跡鑑定で争う場合の注意点をまとめます。

【事例】

Q 親族が亡くなりました。妻や子がいなかったので、私も相続人になるのですが、ずっと親族の世話をしていたという人から、半年もしたあとに「遺言が見つかった」との連絡がありました。私としては、どうも怪しいとの思いを拭えません。筆跡鑑定を行おうと思うのですが、注意点を教えてください。

第1 遺言が有効となるには

 自筆で書いた遺言が有効となるには、遺言者が、その「全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」(民法967条)と定められています。遺言の有効性について争われた裁判例は多数ありますが、今回は、「自書」か否かが問題となりそうです。

第2 裁判例の紹介

1 「鑑定」の信用性は高くはない

 鑑定という言葉からは、自書か否かは、鑑定を依頼すればはっきりと結果が判明するというイメージを持たれるかもしれません。しかし、実際の裁判では、はっきりと結果が判明する鑑定は親子間のDNA鑑定ぐらいです。交通事故の事故態様を争う際の工学鑑定や、怪我の状況を争う際の医学鑑定、そして遺言と筆跡が同じかどうかを争う際の筆跡鑑定は、原告と被告の双方が自分に有利な鑑定書を出し合うことも珍しくありません。

2 鑑定結果を裁判所が採用しないこともよくある。

 例えば仙台高判令3・1・13判タ1491・57は、遺言書の筆跡と被相続人の筆跡が同一であるとする2つの鑑定書が証拠として提出されました。しかし仙台高等裁判所の裁判官は、2つの筆跡鑑定には検討過程に欠陥が存するとして、信用性を否定しました。
 他方、東京地判令3・4・28は、逆に遺言書の筆跡と被相続人の筆跡は異なるとする2つの鑑定書を原告が提出しましたが、鑑定書の信用性を否定し、遺言書の筆跡と被相続人の筆跡は同一と判断しました。
 裁判官は、筆跡鑑定の記載内容は参考にしながらも、独自に筆跡の類似性を検討します。また、遺言作成の経緯遺言の内容遺言発見者の説明内容の合理性死亡から遺言発見までの期間遺言者と遺言発見者の関係性等も考慮されます。
 また、遺言書の筆跡と被相続人の筆跡が同一であるという点は、遺言が有効であると主張する側が主張・立証する必要がありますが、他方、遺言書の印のあとが、被相続人の印(ハンコ)と一致していた場合、被相続人の意思に基づいて押されたものと推定されます。このような点から、どの印鑑で押されたのかも裁判官の判断に影響します。

第3 筆跡鑑定を依頼する際の注意点

1 鑑定結果どおりの判決とならないことも多い

 繰り返しになりますが、筆跡鑑定が行われたとしても、必ずしもその結論をそのまま裁判官が採用するわけではありません。筆跡鑑定は裁判を行ううえでも重要なステップですが、お金をかけて取得した鑑定書の結論を裁判官が採用しないこともよくあることは、事前によくご理解頂いたほうがよいだろうと思います。

2 筆跡鑑定には公的な資格はなく、鑑定人の能力もバラバラ

 また、筆跡鑑定を行う鑑定人になるための、公的な資格はありません。インターネットで検索をすると、多くの業者の広告が表示されます。どの鑑定人に依頼をするかは、裁判をご担当される予定の弁護士ともよくご相談ください。

3 鑑定資料の収集が大切

 筆跡鑑定を依頼する鑑定人が決まりましたら、次は鑑定人に提供する資料を確保する必要があります。
どのような資料がよいかですが、鑑定の対象となる遺言と同じ文字、同じ書体があることが望ましいとされています。ただし、異なる文字であっても部首が同じ字があれば鑑定が可能なこともあります。
 年賀状や手紙には、住所や名前の記載があり、遺言書と比較しやすい典型的な資料となります。ほかにも、遺言書と同じように丁寧に住所や名前を書く書類としては、不動産の売買や賃貸借の際の契約書類生命保険に申し込む際の申し込みの書類金融機関で口座の開設や定期預金の申し込みあるいは解約をする際の書類などがあり得ます。日記や手帳も、文字数が多いため、比較対象とする文字が見つかりやすく、有用な資料となります。
 原本とコピーのどちらがよいかといえば、コピーでは文字を拡大をした際に荒さが目立ちます。可能なら原本を準備したいところです。
 また、何を鑑定するのかという点も、改めて整理が必要です。遺言書の筆跡鑑定を行うのですから、遺言書の筆跡と、亡くなられたかたの筆跡が同一性を有するのかを鑑定して頂くことになります。しかし、それだけではなく、遺言書の筆跡と、遺言を偽造しそうな人の筆跡との同一性も鑑定できた方がより望ましいものといえます。遺言があることで得をする人物の筆跡と遺言書の筆跡とのの同一性を鑑定するための資料を揃えることができないかも、ご検討ください

第4 鑑定費用の確認が必要

 遺言書の筆跡と亡くなられたかたの筆跡の同一性だけではなく、遺言書の筆跡と「ずっと世話をしていた人」の筆跡の同一性も鑑定する場合は、より費用がかかります。
 また、訴訟になりましたら、相手方は相手方に有利な鑑定書を作成し、裁判所に提出することが想定されます。相手方が提出した鑑定書に対する反論書・意見書を作成して頂くとどの程度の費用がかかるのかも、事前に確認をしたほうがよいでしょう。

 ご自身でインターネットで筆跡鑑定を申し込み、鑑定書を持参して法律相談をされるかたもいらっしゃいます。しかし、弁護士の立場からしますと、どのような文字を、どのような資料で鑑定人に送付するのかという段階から打ち合わせをさせて頂けた方が対応しやすいのが実情です。遺産分割協議をしていたら、突然相手方から自筆の遺言が出された、という場合、早めに弁護士にご相談ください。