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冤罪で逮捕される件数

弁護士 森田祥玄

1 弁護士業務を行っていると、冤罪で逮捕・勾留される事案に、定期的に出会います。統計があるわけではありませんし、捜査側が冤罪であったと認める案件はごく例外ですので、件数は分かりませんが、私個人としては、「明らかに冤罪で、身柄拘束を受けたうえで不起訴で終わる」、という案件を数年に1回は担当します。愛知県に私と同じような街弁が1500人いるとしたら、愛知県で年間500件~700件ほどは冤罪で逮捕されているというのが私の個人的な感覚です。
2 これを多いとみるか少ないとみるかは人によるかと思います。愛知県の交通事故死者数は、ピーク時は912人、最近は減少を続け令和元年は156名でした。また、年間1万人に1人が冤罪で逮捕されるとしたら、愛知県だとだいたい700件ほどになります。刑事弁護を主要業務とする弁護士のかたは桁が違うぐらいもっとある、という感覚かもしれません。
3 冤罪で逮捕された本人は、一体何が起こっているのか分かりません。私は接見室で、「冤罪で逮捕されることも結構ありますよ。この仕事をしているとよく出会いますよ。」とお伝えするのですが、そんな実態を普通の人は知らないものですので、ショックを受け、どう対応すればよいのか分からなくなります。決してそのような実態が報道されていないわけではなく、例えば2012年に起きたPC遠隔操作事件では、無実の人が4人逮捕され、しかもそのうち2人は無実なのに自白をしています。また、2010年には検察官が証拠を偽造し無実の人を有罪直前まで追い込んだ事件も報道されています。しかし、なかなか自分のことにならないと、意識されません。我が国に住む人は、誰もが冤罪による逮捕・勾留と隣あわせの生活を送っているのです。
4 令和2年3月はコロナウイルスの影響で、顧問先や友人、知人から相談が殺到し、私も休みなく働き続けていたのですが、そのような中でどうみても冤罪と思える、不要不急に逮捕された事案を担当させて頂きました。
5 逮捕の一報を聞き当日夜遅く接見に行きますと、「あぁ、これは完全に冤罪だ」という事案でした。接見室から出て、担当警察官に、どうしてこれで逮捕できるのだ、と抗議しますと、「逮捕は裁判官が認めたものだ」との回答でした。それはそうですね。裁判官には是非とも、冤罪での逮捕・勾留に抗議を受けた警察官は、「裁判官が認めたものだ」と反論をすることを知って頂きたいものです。
6 その後、裁判官に対して勾留すべきでないとの意見書を出し、勾留に対する準抗告、特別抗告、勾留理由開示、勾留延長に対する準抗告、特別抗告を行いましたが、結局身柄拘束は続き、最終的には不起訴処分で終わりました。
7 今回は勾留理由開示という、あまり行われない手続を行いました。裁判官は紋切り型の説明をするだけで意味のない手続だという意見もありますが、今回の裁判官は誠実に、世の中の人は誰もが犯罪を行った可能性がある、という程度の説明はしてくださいました。捜査側がどのような説明をしているのかを知ることはできますし、今回は、「本当にこれ以上証拠はないのだな」ということを知ることもできましたので、場合によっては申し立ててもよい手続だろうと思います。
8 なお、あまりにやり方がおかしいため、不起訴処分後に担当警察官に改めて抗議をしようとしましたら、担当者はこの春で異動になりました、との回答でした。異動前に案件を処理してしまう、ということだったのでしょうか。
9 依頼者のかたには、周りの人に、冤罪での逮捕というものが世の中には多数存することを説明して欲しい、との要望を受けており、このブログ記事を投稿いたしました。冤罪で逮捕される世の中であることは、警察も、検察官も、マスコミも、弁護士も、よく知っていることです。ロシアンルーレットのように一部の人が犠牲になります。職業や資産を問わず冤罪の犠牲になり得る点は公平とさえ言えるかもしれません。個々の警察官や裁判官が悪意を持っているわけではなく、誰が悪いのか、何を直せばいいのか分からないまま、そのような運用が続いております。まずは、多くの人にそのような実態があることは知って頂いた方がよいだろうと思います。

インターンシップ・エクスターンシップ生の受け入れ

弁護士 森田祥玄

令和2年2月の2週間、私のもとへ名古屋地区の法科大学院の学生が、エクスターンシップ生として来て下さいます。
私は平成28年、平成29年、平成30年、令和元年と4年間、名古屋地区の法学部の学生のインターンシップ生を受け入れておりますが、今回初めて、法科大学院生の学生を受け入れます。
インターンシップとエクスターンシップがどう違うのかですが、インターンシップの大きな目的の1つに、志望する職業を知ることで、ミスマッチを防ぐことがあります。他方、エクスターンシップは、既に志望する職業(私のもとに来て下さる方の場合は弁護士)が決まっており、当該職業に対する理解を深めることが目的とされております。
インターンシップに来た法学部の学生は、「弁護士は毎日示談交渉を行うのだな。心が疲弊する仕事だな、やめておこう」と選択することができますが、エクスターンシップの学生には、「弁護士は毎日示談交渉を行うのだな。やりがいのある楽しそうな仕事だな」と思って頂く必要があります。進路選択のためではなく、既に選択した進路(弁護士)について理解を深めるという点に、特徴があります。
インターンシップやエクスターンシップを受け入れることは弁護士にとって光栄なことであり、周りの弁護士も、インターンシップやエクスターンシップを受け入れることができるということは、きちんとした弁護士なのだろう、との評価を与えてくださっていると(勝手に)思っています。少なくとも私は、インターンシップやエクスターンシップを受け入れている弁護士のかたに対してそういう思いを持ちます。
私は昔ながらの示談交渉と訴訟手続・調停手続を行う弁護士ではありますが、数年後には様変わりしている業務を数年後に弁護士になるかたに見ていただいても仕方がないのではないか、という悩みはあります。
弁護士が日々扱う紛争類型も、時代の流れにより大きく移り変わりがあります。私が弁護士になった当時は過払金返還請求や破産申立の件数が多数ありましたが、現在は減少しております。また、交通事故の裁判は今も増加傾向にありますが、自動運転の影響が何年後に出てくるのかの予想は難しいところがあります。今は相続や離婚に注力する弁護士が増えておりますが、裁判所が発表する統計上は件数としてそれほど増えているわけではありません。他方、世界の人口は未だに増え続けており、従前とは異なる弁護士需要が存することもまた事実です。
また、私の業務は移動時間が多くを占めております。現在担当している裁判だけでも、名古屋だけではなく、一宮や春日井、津島、瀬戸等の裁判所の案件もあります。また、岡崎、半田だけではなく、岐阜や四日市、津の裁判所の案件も係属しております。移動時間が多いという私の業態は、私は電車で本を読めるのでとても好きな業態なのですが、現在進められている裁判のIT化で数年後には大きく変わるだろうと思います。


エクスターンシップに来て下さる方には、将来の弁護士業界が様変わりしている前提で、将来も変わらないであろうと私が予測する弁護士業務の楽しさやつらさ、心構えをお伝えできればと考えております。


依頼者の皆さまにご迷惑をお掛けすることがないよう責任を持って担当させていただきますので、何卒ご理解の程、お願いいたします。

【弁護士向け】民法改正への対応

弁護士 森田祥玄

令和2年(2020年)4月に、民法(債権法)がおよそ120年ぶりに改正されます。
民法が制定されたのは明治29年、1896年です。
廃刀令が発布されたのが明治9年、るろうに剣心の物語の始まりが明治11年、日清戦争開始が明治27年ですので、いかに古くから使われている法律だったかが分かります。別の視点からは、いかによくできた法律だったかが分かります。
それ以降もまったく改正がなかったわけではなく、平成16年(2005年)には民法をひらがなにするなどの改正が行われました。しかし今回の改正は、債権法の歴史の中ではもっとも大きな改正になります。
弁護士の皆さまの対応も、せっかく民法を勉強してきたのにどうしてくれるんだと憤りを感じながらも弁護士会の研修に出席する方、もう一度法科大学院に入り直したいと現実逃避をされておられる方など、様々かと思います。
泣いても笑っても、4月はやってきます。4月以降に賃貸借契約を締結する場合には、極度額を記載しなければ連帯保証契約そのものが効力が生じません。4月以降に発生した交通事故については遅延損害金や逸失利益の計算が異なります。弁護士会で開かれる研修を受け、自分で勉強して、どうにか対応していくしかありません。

そこで私が現在までに自分で購入させて頂いた書籍を紹介させていただきます。ごく普通の名古屋の街弁の、2020年1月現在の感想ですが、参考にしてください。偉そうに書評として書いておりますが、ここに記載している本はいずれも私が購入した方がよい、素晴らしいと思った本です。

【東京リーガルマインドLEC総合研究所「2020年版 司法試験&予備試験 完全整理択一六法 民法」】
最初に紹介するのはやはりこの本でしょうか。若手弁護士ならばご存じかと思いますが、司法試験・予備試験対策用の逐条解説テキストです。通読する本ではありませんが、民法の条文に出会う度に択一六法を読む、という作業を繰り返せば、理解が進みます。なりふりかまっていられない実務家にはありがたいテキストです。

【黒松百亜先生「マンガでわかる!民法の大改正」】
 アマゾンで「マンガ 民法改正」で検索をして最初に出てきた本です。2019年7月に第2刷も発売されました。もう少し条文も書いて頂けるとありがたいのですが、弁護士が主要なターゲットではないので仕方ないですね。自分で条文を引く練習にはなります。数時間で読めます。

【アガルートアカデミー「マンガでやさしくわかる試験に出る民法改正」】
 アマゾンで「マンガ 民法改正」で検索をして2番目に出てきた本です。やはりすっと読めます。私は知りませんでしたが、今はアガルートアカデミーという司法試験予備校があるそうです。

【道垣内弘人先生「リーガルベイシス民法入門第3版」】
 民法を初めて学ぶ人でも読める、民法の入門書です。顧問先法務部の方との民法勉強会にこの本をテキストとして指定させて頂いてたことがあり、私にとっては読みやすい慣れている本です。冒頭部分は特に入門的な内容が続き、弁護士にはつらいかもしれません。思い切って前半3分の1を飛ばして、契約部分から読むと良いかと思います。私は長らくお世話になっている入門書で、民法の入門的内容を教える必要のある人にはおすすめです。

【阿部・井窪・片山法律事務所「契約書作成の実務と書式 — 企業実務家視点の雛形とその解説 第2版」】
 民法の本ではありませんが、この年末年始で通読させて頂きました。旧法を現行法と述べている点からして、第2刷等で修正を重ねていく前提のように思います。読者の期待値が高すぎたのかアマゾンのレビューは辛口なものもあり、確かに急いで発刊をした印象がありますが、それでも契約書修正関連では類書は少なく、私は現段階では手元に置いておいたほうがよい本だと思います。

【弁護士法人飛翔法律事務所「改訂3版 実践 契約書チェックマニュアル」】
 やはり民法の本ではありませんが、手元においたほうがよい本として挙げさせて頂きます(私も第3版は通読はしておりませんが)。第2版を、私が事務所内で若手弁護士に契約書チェックの勉強会を開く際に参考資料として利用させて頂いておりました。

【嶋寺基先生「新しい民法と保険実務」】
 新しい民法を、保険実務という切り口からまとめた本です。切り口を変えた本を読むことで民法を立体的に理解できるという点から、保険実務をあまり扱わない弁護士にもおすすめです。保険実務を扱う弁護士は一読した方がよいだろうと思います。

【潮見佳男先生ほか「Before/After 民法改正」】
 この本がもっともおすすめで、4月以降当分、共通言語の基本書となるのではないかと思います。事例があったほうが頭に入りやすく、1つの事例に対する解説もコンパクトですので、読み進めることができます。この本を読みながら、条文を引くことで、一歩深い理解に到達できる…気がします。私がこの本を読んだのは2年以上前で訂正もあるようですので、改めて最新版を購入し直し、4月までに読み直す予定でおります。

 以上、業界人向けの記事です。皆さま、4月に向けて共に頑張りましょう。

控訴審で逆転できるか

1 弁護士をしていると、第1審でどうしても納得できない判決がでることがあります。この場合は控訴をして、控訴審での逆転を目指すことになります。
2 私が名古屋高等裁判所で結論を覆して頂いた例をいくつか抽象化してご紹介いたします。

ア 別居後数ヶ月後に不貞があった事案で、不貞慰謝料を請求いたしました。名古屋地方裁判所では、別居後数ヶ月後の時点で婚姻関係が破綻していたとして、慰謝料請求が棄却されました。
私は事案全体からみてこの程度では婚姻関係は破綻されたとは認定されないだろうと予想しておりました。
第1審判決後、再度、別居後の二人の生活を陳述書やクレジットカード明細等で整理し、別居後の婚姻関係破綻に関する裁判例との比較を表にして作成し提出いたしました。
その後、名古屋高等裁判所にて慰謝料請求を認容して頂きました。
本件は、第1審の裁判官の判断が特殊だった、と言わざるを得ない事案でしたが、裁判の結論予測の難しさを改めて知る事案でした。
イ 財産分与を求めている事案で、婚姻前の定期積金をどのように扱うかが争点となった事案でした。一昔前までは、離婚時の財産分与は「別居時の預貯金」から「婚姻時(あるいは同居時)の預貯金」の金額を差し引いて算出する、とされておりました。しかし近時の名古屋家庭裁判所は、婚姻期間が一定期間あれば、「別居時の預貯金額を2で割る」という運用をしており、婚姻時の預貯金を差し引かず計算をする傾向が顕著です。たまにしか離婚を扱わない弁護士は戸惑うこともあるのではないでしょうか。婚姻時の預貯金については、普通預金は差し引かれないことが多いのですが、まったく動かしていない婚姻時からある定期預金は差し引かれるのが通常です。
今回争点となったのは、普通預金と定期預金の間のような性質を持つ、定期積金の扱いでした。
定期積金は、出し入れ自体は自由にできるのですが、普通預金のように生活費の自動引き落とし口座にはできません。普通預金と同じ扱いにするのか、定期預金と同じ扱いにするのかが争点でした。
名古屋家庭裁判所では、定期積金も自由に引き出し生活費に充当できる点を重視し、普通預金と同様、婚姻時の残高を差し引かずに計算すべきだとの判決を出しました。
私は婚姻時に多額の残高がある定期積金を、離婚時に二人で分けるという結論が明らかにおかしいだろうと考え、控訴をいたしました。
あくまで理論的な争点なので新しい証拠を控訴審で提出したわけではありませんが、控訴理由書では、「結論がおかしい。落としどころとしておかしい」、という主張を延々と記載いたしました。
名古屋高等裁判所でも、定期積金は名古屋家庭裁判所と同様に、やはり普通預金と同様に考えるとの判断が示され、この争点では主張は認められませんでした。ところが、通常5:5とされる寄与度を修正し、判決文の最後の数行で、総合的に考慮をすると寄与度を当方6:相手方4に修正すべきと記載され、最後の数行で当方の主張に沿う結論を導いて頂くことができました。
ウ 債権回収の原告側の事案で、相手方の法人は事業を新会社に譲渡し、債務のみを残して法的な破産手続も取らずに放置をしている事案でした。そこで、新会社に対して債務を引き継いでいるだろうと主張し、訴訟を提起いたしました。名古屋地方裁判所では、別法人であることを理由に請求が棄却されましたが不当だと考え、控訴をいたしました。控訴理由書でも、いかに結論としておかしいか、を記載したところ、債務を引き受けたとの判断を頂くことができました。
エ 在留特別許可を求め争った事案で、国側の主張をそのまま採用した第1審判決を覆し、控訴審にて、あまりに道義に反する、日本にいてもいいだろう、との判決を頂くことができました。

3 この記事をお読みの方の中には、第1審判決でこれはおかしい、という判決となり、控訴審での逆転を目指す人もいらっしゃるかと思います。依頼者の立場からどう振る舞えばよいかは答えはありませんが、私なりの考えを記載します。
ア まず、弁護士を変更すべきかという問題に直面します。私の体感としては、第1審を担当した弁護士を信じて依頼を続けた方が、控訴審で逆転できる確率はあがるだろうと思います。第1審から継続して事情を把握している弁護士と、控訴審から担当する弁護士とでは情報量が違います。どのような優秀な弁護士でも、不本意な判決を受けることはあります。それまでの弁護士としての活動を見て、信頼してよいと思えるならば、依頼を継続したほうがよいことがどちらかといえば多いだろうと思います。
イ 法律論は弁護士に一任するしかありませんが、「結論が不当だ、常識的に考えておかしい」という点は、弁護士よりも依頼者のほうが詳細に分かっていることも多くあります。なぜ第1審判決に納得できないのかを深く自分なりに掘り下げ、弁護士に伝えるべきだろうと思います。但し、相手方の性格がひどい、という主張など、明らかに関係のないことを一生懸命書いても、結論に影響はありません。この取捨選択は難しいので、「法律論はともかく、結論が不当だ」という主張や、第1審判決に対して言いたいことを全て、Wordやテキストファイル形式にして担当弁護士にデータで渡し、「弁護士さんが必要と思うところを使って欲しい」と伝えるのが、担当弁護士としては助かります。
この点はどうみても関係ないかな、弁護士さんが困るかな、と思うこともあるかと思いますし、実際、これは関係ないな、と思うような主張もあるのですが、あまり遠慮していては、第1審判決を覆すことはできません。「主張の取捨選択を全て弁護士さんに一任する」と伝えたうえでなら、自分がおかしいと思うことをデータで弁護士さんにお渡しすることは、裁判にマイナスになることはありません。
ウ また、きちんと事案や問題点を伝えきっているかも再度確認をすべきです。交通事故の事故態様を争っているのならば、現場の地図を作る、ミニカーを使って再現をするなど、分かりやすく主張を作る必要があります。また、弁護士に分かってもらうのではなく、裁判所に分かってもらう必要がありますので、動画で撮影してCDにする、プリントアウトしてA4で提出できる形にするなど、担当弁護士にどのような形ならば裁判所に提出しやすいかを尋ねるべきです。
 私はよく、「素人でも分かるように」と依頼者に伝えます。控訴審裁判官は大量の案件を同時に抱えていますので、よく分からない単語や業界慣行を自分で調べてくれると期待してはいけません。よく分からないな、と思ったら、そのよく分からないところは参考にされずに判決が書かれると思った方がよいです。
一体何が問題なのか、なぜ第1審で負けたのかを自分で考えて、担当弁護士に伝えて、一緒に、一読して分かるように逆転に向けて書類作成を行います。
エ あとは、諦めないこと、が大切かと思います。前述の在留特別許可の適否を争った裁判では、第1審で不要として採用されなかった証人の申し出を、一応控訴審でも申し出てみましたら採用され、結論が覆りました。新たな証拠申し出や検証申し出など、何かできることがないか、担当弁護士と相談をすべきです。
オ 弁護士費用や実費という側面も、担当弁護士に率直に相談をしたほうがよいだろうと思います。弁護士の仕事は、ご依頼を頂いた段階ではどの程度時間や実費がかかるか見通しを立てにくく、事案によっては、弁護士が依頼者の経済事情に配慮して、お金のかかる立証方法を提案できないこともあります。交通事故の事故態様や、怪我をした場合の後遺障害の程度などが典型ですが、50万円かければ私的な鑑定を行える場合もあります。金銭面でのフォローができないかも、率直に相談をしてみた方がよいでしょう。
4 もちろん、うまくいく事案ばかりではありません。第1審敗訴後、全力を尽くして控訴理由書や新たな書証を提出しても、控訴審判決にてごく短く第1審判決がそのまま踏襲されることも珍しくありません。控訴審に至っても、結局は数人の裁判官だけで判断をするシステムであり、自分が真実と考えている主張が採用されないことも、残念ながらあります。白か黒か判断ができない事柄に1つの結論を示すのが民事の裁判ですし、裁判官も自分の判断が全て真実だと思って判決を書いているわけではありません。これはもう、控訴審での敗訴判決を受領したら、所詮は人間が決めるシステムとはこの程度のものだ、という心の割り切りが必要です(そうしないと、理不尽さに心の平穏が保てません)。

5 納得できない第1審判決を受け取った方はつらい思いをされているかと思いますし、簡単に覆るものでもありませんが、今まで共にたたかった弁護士さんとともに、今一度、頑張ってください。

真実ではないと思える主張

弁護士 森田祥玄

 弁護士の仕事をしていると、定期的に、争点は「嘘をついているか否か」という類型の裁判に出会います。
 弁護士も裁判官も、嘘をついているかどうかを判断する特別な技能を持っているわけではありません。
 嘘のように思える主張であっても真実であることも多々あり、その逆もあり、我々を日々悩ませます。
 私が考える、裁判官に嘘だと思われやすい主張、というものを、交通事故と不貞慰謝料、遺産分割の場面を例に簡単にまとめてみます。
 話し方のクセや性格もあり、一概にはいえませんので、あくまで一般論です。

【客観的な証拠と矛盾している】


 客観的な証拠との矛盾がある場合、裁判所はその矛盾部分以外の供述全体についても、疑わしいと考える傾向にあります。

  当たり前のように思われますが、人間の記憶は徐々に薄れていきますし、違う記憶がすり込まれることもあります。

  例えば交通事故の裁判で事故態様を争っているときに、「事故のあと警察とは5分ほどしか話していない」と言っていたのに、実況見分調書には60分ほどかけて警察に事故態様を説明したことになっていることがあります。

  警察が意図的に長く書いていることもあるでしょうが、記憶のほうが間違っていることもあるだろうと思います。

  事故直後はパニックになっていて、夜であったり、疲れもあり、正確に記憶できていないことも多々あります。

  裁判で尋問を行う頃には事故から1年以上経過しており、はっきりとは憶えていないことも多いかと思います。
 しかし客観的な記録と明らかに違うことを述べている場合、ほかに決定的な証拠がなければ、このようなことでも不利な認定をされる理由の1つとなります。
 尋問では記憶のとおりに述べるしかないのですが、早い段階で何が起きたのかを時系列ごとに早めるにまとめる必要があります。
 また、事故前後30分の出来事は分単位で表にしておいたほうがよいでしょう。

【動かしがたい事実と整合しない】

  利害関係のない第三者の目撃や、多数人の意見が合致する事実と異なる主張は、証言全体の信用性が下がります。
 例えば多重衝突事故で、無関係の当事者が雨だったと言っているのに、本人が晴れていたと言っているような場面です。
 交通事故の事故態様そのものとは関係がなくても、供述全体の信用性はやや下がります。

【関連の薄いところで嘘をつく】

 例えば交通事故で、「過去にも交通事故に遭ったことがありますか」と相手方弁護士に聞かれ、本当はあるのにないと答えてしまう人がいます。
 あると答えると何か不利になるのではないか、との気持ちが働きますし、その気持ちは分からなくはないです。
 しかし過去の交通事故と今回の交通事故の関係が薄くても、客観的な事実と異なることを言ってしまうと、裁判官は供述全体の信用性を疑います。

【発言に具体性、一貫性、合理性がない】

 交通事故の裁判で事故態様を争っているときを例にしますと、事故態様を尋ねたら、「もう、わーとなって、ドンとあたって、気がつけば警察が来ていました」など、具体的に回答ができないことがあります。
 実際には一瞬のことなので覚えていないこともあるだろうと思うのですが、有利・不利でいいますと、やはり交通事故などの特殊な記憶に残りやすい事柄について、あいまいな回答をしていると、不利な認定がなされます。
 このような場合、どう対応するか弁護士を悩ませるのですが、覚えていないのに記憶を作り上げるわけにもいきませんし、作り上げた記憶はどこかで矛盾が露見します。
 覚えていないなら、当初から一貫して覚えていないと主張し続けるのが結果的にはまだ無難な判決を導くように思います。

【不利な結論となった場合のことを過剰に気にする】

 例えばドライブレコーダーのない、互いの信号の色が争いとなっている交通事故で、「もしも私の信号が赤と認定されたら、私の免許の点数や刑事罰はどうなってしまいますか」との質問を受けたとします。

 不利な結論となった場合のことも当然気になりますので、この質問をすること自体は当たり前のことです。職業運転手ならば生活がかかっています。

 しかし、職業運転手でもないのに、交渉をするたびに毎回同じように、免許の点数や刑事罰を気にされ、同じ説明が必要な案件の場合、このかたはご自分の主張に自信がないのだろうか、との思いを抱くことになります。

【結論をいわず証拠の提出を求める】

 例えば弁護士から内容証明郵便で不貞慰謝料を払うよう求めると、「証拠を出してください。」と主張する人がいます。

  不貞はあったかなかったかの2択であって、証拠があるかないかで結論が変わるものではありません。本当にしていないのなら証拠はありませんので、証拠を出してくださいと求めること自体が、証拠が存する可能性を認めているようなものです。
 現実には例えばとても親しいけど不貞はしてないという場面もあり、まずは証拠を求めること自体は間違ってはいないのですが、開口一番証拠はあるのか尋ねるのは、やはり疑わしいという印象を持たれてしまいます。

【結論をいわず一般論だけを答える】

 弁護士から手紙を送ると、「ぼくのようなおじさんを、あのような若い子が相手するわけがない」というな反論がなされることがあります。この反論自体は皆さんがするものなのですが、一般論だけが続くと徐々に疑わしくなります。
 「していない。」とまず言い切ってから一般論を話すのならまだ分かるのですが、「ぼくのようなおじさんをあのような若い子が相手するわけがない」「ぼくのような子どももいて立場もある人間がそのような行為に及ぶわけがない」と主張をし、「それで認めるのですか、認めないのですか」と聞かれてはじめて「認めない」と回答をする場合は、なぜ最初に結論を言えないのだろうかと疑わしく思われてしまいます。

【本論から外れ、揚げ足を取ろうとする、些細なことにこだわる】

 弁護士から手紙を送ると、「なぜ弁護士なのに内容証明郵便ではなく普通の郵便なのだ」「名古屋の弁護士なのになぜ東京から内容証明郵便が届くのだ」「おれは名古屋の弁護士会の会長を知っている」など、本論と関係のないどうでもよいところにこだわる人がいます。また、まったく本論と関係のない些細な認識の誤りや誤字を延々と指摘する人がいます。
 関係のないところにこだわる場合、本論に入れない理由があるのではないかと疑わしく思われてしまいます。

【過剰に情に訴える】

 例えば、遺産分割の場面で、「生前に被相続人の預貯金から、ATMを使って多額のお金が引き出されていた」という紛争があったとします。このときに、「あなたは亡お母様の許可を得て引き出していたのですか」との質問に対し、「私はこれだけ母の世話を頑張っていた」との反論をされるかたがいます。このような、情に訴えることもあってよいとは思うのですが、具体的な質問に答えずに、情にだけ訴えるかたは、情に訴えるしか方法がないということではないか、との思いを抱かせます。

【証拠や相手の主張の有無を確認してから回答する】

 同じく、遺産分割に関し、生前の引き出しについて議論している場面で、「あなたは亡お母様の許可を得て引き出していたのですか」との質問に対し、「病院のカルテを取り寄せてから回答します」と答えるかたがいます。

 代理人弁護士の立場なら、間違ったことを言ってはいけないとの考えからこのように回答をすることもあるだろうと思うのですが、まさに当事者で、真実を知っているはずの人から、証拠を整理してから回答しますと言われますと、「まずはあなたの認識を教えてほしい」との思いを当然抱きますし、即答できない事情があるのだろうかとの疑問を持ちます。

 同じ理由で、回答に不必要に時間がかかる場合も、徐々に疑わしくなります。事実があったかなかったかを尋ねている場面で、「親族に相談してから回答します」「法要が終わってから回答します」などと言い、1か月や2か月回答を先延ばしにされますと、やはり即答できない事情があるのだろうか、との疑問を持ちます。

【まとめ】

 本当のことを言っているのか否かを判断するのかは実際には大変に難しいものです。
 実際にはどちらかが嘘をついている事案でも、どちらも本当のことを言っているようにみえて、決定的な決め手がない、という案件も多数あります。
 このような場合、不法行為に基づく損害賠償などでは、請求する側が立証する責任を負う(立証できなければ(例えば浮気をしているのかしていないのか、結局よく分からなければ)、請求する側が負ける)という建前になっています。
 しかし実際の判決では、裁判官が、こちらの主張のほうがより一貫している、虚偽の主張をする理由がない、などの、抽象的な理由をつけて、どちらかの言い分が正しいと決めることが多いという実態もあります。

 司法権とは、事件を終局的に解決する国家作用と言われています。意見の分かれる、どちらとも取れる事柄に対しても、むりやり何らかの結論を出して、紛争を終わらせるのが裁判(国家)の役割なのです。

 本当のことを言っているのに信じて貰えないことはとてもつらいことで、実際に信じて貰えないまま判決になることもあるのですが、民事の裁判とはそういうものだ、という割り切りも必要になることがあります。
 事実関係を争っている、どちらかが嘘をついている、という紛争も早期の弁護士の関与が必要となる類型です。
 お困りの際は弁護士にご相談ください。

弁護士業務とセカンドオピニオン

弁護士 森田祥玄

1 一度弁護士に依頼をしたなら、原則として、依頼をした弁護士を信じて手続を進めていくほうがよい結果になるだろうと思います。
2 しかし、自分が依頼をした弁護士の進め方や処理方針に疑問を持ったときは、セカンドオピニオンを仰いで頂いても構いません。
3 セカンドオピニオンを仰ぐときは、現在依頼をしている弁護士にその事実を伝えなくても構いません。手元の資料をもとに、疑問点を整理し、これ以外の方針を採り得ないのか、納得いくまで質問をしてください。
4 自分の依頼者がセカンドオピニオンを仰ぐことについては、快く思わない弁護士もまだいるかもしれません。しかし若い弁護士を中心に、それは依頼者の当然の権利だと考える弁護士も増えました。私個人としては、仮に自分の依頼者が他の弁護士にセカンドオピニオンを仰いだとしても、良くも悪くも特別な感情は持ちません。ご希望があれば別の弁護士に相談をしやすいように資料をまとめて、争点とセカンドオピニオンを仰ぎたい点を整理して、お渡ししても構いません。
5 セカンドオピニオンを受ける側の弁護士の立場に立ちますと、まず、現在担当している弁護士に比べて、圧倒的に情報量が不足しています。1年ほど裁判をやってきた案件のセカンドオピニオンを、30分(税抜きで5000円)の法律相談で行うのは、困難を伴います。セカンドオピニオン用に数時間かける必要があるのが通常で、事案にもよりますが、例えば名古屋市の各区役所の無料法律相談(通常15分~20分程度)でセカンドオピニオンを仰ぐのは、現実的ではないことも多いかと思います。記録を検討し意見を伝えるための弁護士費用をいくらに設定するかは事案によりけりとしか言いようがありませんが、私なら、例えば3時間ほどの検討時間と1時間の打合せ時間を要する案件で10万円(税別)ほどでしょうか。弁護士のタイムチャージ(1時間に要する費用)は弁護士によって異なりますが、概ね2万円から3万円(税別)前後かと思います。「例えば5万円でできる範囲内で答えて欲しい」などの要望にも対応できることもありますので、予算も率直にお伝えください。
6 セカンドオピニオンで悩ましいのが、記録にあらわれない、現在担当している弁護士しか持っていない情報があることです。例えば裁判手続では裁判官は、将来的にどのような判決になるのかはっきりということはあまりありません。しかし、目線、態度、声等、体全体で有利・不利の雰囲気を出すことがあります。それは実際に裁判所に行く担当弁護士でしか感じ取れないもので、その情報がないままアドバイスを行うと、望まぬ結論になるかもしれません。
7 よくあるセカンドオピニオンの類型としては、「担当弁護士が和解すべきと私を説得してくる。私は和解に納得できていない」というものがあります。このような思いを頂いたなら一度はセカンドオピニオンを仰いで頂いた方がよいだろうと思います。しかし、実際には、「私も担当弁護士のおっしゃるとおり、和解をした方がよいとは思いますよ」と回答する場面が多いのも実情です。どこで納得をするかの問題でもありますので、さらにサードオピニオンを仰いでもよいのかもしれません。
8 過去にセカンドオピニオンから受任をした経験もまったくないわけではありません。交代した方がよいと思える類型の1つは、明らかなミスマッチがあると思える場合です。相談者はメールでのやり取りを望んでいるのに、郵送かFAXしか使えない弁護士ならば、交代を検討した方がよいかもしれません。また、既に担当弁護士との信頼関係が破綻しており、担当弁護士も交代を希望していると思われる場合も、セカンドオピニオンから受任をした方がよい類型かと思います。
9 従前は、セカンドオピニオンの相談を受ける際は、担当弁護士に不満を持っているのが通常でした。しかし最近は、担当弁護士に特段の不満はないのだけれど、さらにいいアイデア、提出できる証拠や文献がないかということを聞きたい、というご相談もあります。セカンドオピニオンが身近になったということかと思います。なかなか短い法律相談の時間で役に立つアドバイスをするのも難しく、また、受任を前提としないご相談にも、もちろん費用は発生するのですが、ご希望がありましたらそのような需要にもお応えできるよう、見積もりをお出しいたします。
10 担当弁護士の知識不足、力不足と思われる事案は、セカンドオピニオン全体からすればごくまれです。しかし裁判手続は一生に何度もあるものでもありませんので、ご自身の案件がその「ごくまれ」に該当するのか否かも、確認をしたほうがよいだろうと思います。
11 セカンドオピニオンを仰ぎたい、というご希望にも当事務所の所属弁護士は対応いたします。その際の費用も見積もりはいたしますので、お気軽にご連絡ください。

退職代行業務

1 この数カ月ほど、パワーハラスメントを受けたという労働者側の案件にかかわりました。ご本人はこのブログに経過も含め全て実名で記載してもよいとおっしゃっているのですが、炎上させてもご本人にもいいことはないので、雑感だけ記載します(この投稿内容もご本人の了承を得ています)。
2 「パワハラ」については、労働者側での相談自体は少なくありません。しかし裁判まで起こす案件は全体的には多くはありません(多くはないだけで、実際に訴訟を提起することはあります。現在進行形でもパワハラを理由に慰謝料を請求している裁判を担当しております)。
3 あまり多くない理由の1つは、裁判所が認定する慰謝料が決して大きな額ではないことにあります。今回も、これは違法性は認定されそうだという印象は受けましたが、慰謝料額は大きくはならない案件でした。その結果、訴訟提起までには至らないとの結論に至りました。
4 精神疾患を患い、働けなくなったような場合は、損害賠償額が高額になることもあります。労災手当あるいは傷病手当金を受給しながら、訴訟を行う経済的メリットのある案件もあるでしょう。しかしそこまでに至らない案件なら、なかなか、経済的なメリットだけを考えると訴訟を提起するのは躊躇します(もちろん、それでも訴訟提起を望まれるならば、訴訟を提起いたします)。
5 また、もう1つの訴訟にまで至らない理由は、パワハラを受けている労働者の弁護士に対する需要は、そのパワハラから逃れることにある点です。パワハラといっても、会社という小さな世界で行われていることであり、退職してしまえばいいだけの事案もあります。
6 近時、退職代行を業とする株式会社、あるいは労働組合が広告を出しています。非弁行為にあたるか否かという議論はありますが(私は少なくとも株式会社は非弁行為にあたると思いますが)、ただ退職の意思表示だけをして欲しいという労働者の需要があるのは確かです。
7 そうはいっても、生活もあり、簡単には退職できないということも多いでしょう。そのような場合、退職後のライフプランの設計を一緒に考えることも有益です。今までの収入が途絶えるのですから、人生設計を見直す必要があります。有休消化の概念を説明し、退職手当を貰えるまでの預貯金があるのかを確認し、毎月の引き落とし、携帯電話や生命保険の固定費の見直しも行う必要があります。実家に甘えることができるならば、一人暮らしをやめて実家に帰るという選択肢を取ってもよいでしょう。退職時期も「次の賞与まで」など、ある程度計画を立てる必要もあります。
8 ご相談を受けた案件は、名古屋では比較的社会的には信頼のあるほうに分類される会社でしたが、そのハラスメントは続き、終わりが見えませんでした。結局、会社側に弁護士が介入することを伝えたうえで、事務的に退職手続を淡々と行いました。悔しい思いをされてはいましたが、会社という小さな世界から離脱することで、終結いたしました。
9 会社でつらいことがあった際に、弁護士に相談をしたからといって、必ず訴訟等の法的手続に移行していくわけではありません。何をどこまで望まれるのかを弁護士と一緒に整理しましょう。

ネガティブオプションへの対応

弁護士 森田祥玄

1 中小企業から受ける新規の相談例をアップいたします。
2 名古屋でも古くからある類型ですが、「勝手に送りつけられた雑誌の代金を請求された」との相談を受けることがあります。購入の申し込みをしていないのに一方的に商品を送りつけ、代金の請求をすることを、ネガティブオプションと呼びます。送りつけ商法といったほうが、聞いたことがあるかもしれません。
3 法律的には、売買契約は、お互いが売買契約を行うという意思の合致がなければ成立しません。商品を送りつけても、お互いの売買契約の意思が合致したわけではありませんので、売買契約は成立しません。また、勝手に送りつけてきたからといって、商品の返送義務は生じません。
4 もっと、理論的には、送りつけられた商品は販売業者の所有物ですので、民法上は、勝手に処分することにはリスクが残ります。また、民法526条2項は、契約は、「承諾の意思表示と認めるべき事実があった時」に成立するとされておりますので、この点からも勝手に使ったり、廃棄することもリスクがあります。
5 消費者ならば、特定商取引に関する法律59条1項により保護されます。この条文は長くて読みにくいのですが、商品の送付があつた日から14日が経過したら(放っておけば)、送りつけた側は商品の返還さえ請求できなくなり、消費者は廃棄することができるとされています(実際に廃棄をする前には、必ず弁護士に事前にご相談ください)。
  しかし中小企業や個人事業主には、このような条文が適用されないことがあります。同59条2項には、「前項(1項)の規定は、その商品の送付を受けた者のために商行為となる売買契約の申込みについては、適用しない」とされています。この「商品の送付を受けた者のために商行為となる」か否かについて、裁判で争える場面も多いだろうとは思います。「何も私のためになっていない商品だ」などの主張を行うことは考えられますが、裁判で争うことになること自体がコストがかかります。
6 よって、中小企業や個人事業主には、14日経過したからといって、勝手に廃棄することにはリスクが残ります。かといって、保管をし続けるのも大変です。商法510条本文は、「商人がその営業の部類に属する契約の申込みを受けた場合において、その申込みとともに受け取った物品があるときは、その申込みを拒絶したときであっても、申込者の費用をもってその物品を保管しなければならない」と定めています。商法510条はまともな商売人同士の取引を想定した条文ではありますが、保管代の請求についても、解釈に争いが生じます。
7 また、商法509条1項は「商人が【平常取引をする者から】その営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく、契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならない」と定め、2項にて、「商人が前項の通知を発することを怠ったときは、その商人は、同項の契約の申込みを承諾したものとみなす」と定められています。雑誌を送りつけてくる業者は「平常取引をする者」にあたらないため、同条文の適用はないという反論をしていくことになるのですが、やはり争うこと自体がコストがかかります。
8 やはり、対応方法としては、送りつけた業者へ承諾しないことをFAX等で通知し、送付されてきた商品を返送することが望ましいだろうと思います。
9 弁護士から送りつけた業者へ内容証明郵便を送付し対応することももちろん可能です。弁護士への依頼をお考えの方は、当事務所までお電話をお願いいたします。

【弁護士向け】事務所移籍時の諸手続

弁護士 森田祥玄

 私は名古屋にある弁護士法人から、ご縁を頂き、現在の愛知さくら法律事務所に籍を移させていただきました。大変幸運なことでしたし、受け入れてくださった皆さまに感謝しております。

 ニッチな需要かと思いますが、備忘録を兼ねて弁護士法人(やインハウス)から法人ではない既存の事務所への移籍を考えている弁護士向けに投稿をしておきます。地域によって対応は異なるようですので、愛知県弁護士会(それも名古屋近辺)に限られる話かもしれません。

1 退職半年前
 弁護士法人に退職をすることを伝え、引き継ぐ事件と移籍後もそのまま担当する事件を整理する。弁護士口座を作成していない人は、着手金・報酬金用口座と預り金口座の二つを作成する。
 クレジットカードを持っていない、あるいは一つしか持っていない人は、複数作っておく。
 フリーランス向けの確定申告の本、青色申告の本を読んでおく。
 今まで白色申告だった人は、退職前の3月15日までに青色申告を行う旨の届け出を出しておく。届け出書類は税理士にもよく相談をする。
 消費税の課税事業者になるタイミングを勉強する。弁護士は簡易課税の届け出をするのが一般的。すぐに届け出が必要になるわけではないが、その時期は勉強しておく。

2 退職3ヶ月前
移籍後の事務所にメールアドレスの作成を依頼する。
 また、移籍後も担当する案件については、移籍をする事実と、移籍後のメールアドレス、電話番号等の連絡先を確立しておく。
 フェイスブック、LINE、スカイプなど、メール以外の連絡手段を確実に確保しておく。
移籍後に使用するパソコンを購入し、設定をする。
 パソコンの設定は移籍先の事務所にもよく相談し、慣れないなら費用を支払ってプロに設定してもらった方がよい気がします。
新しい名刺、職印を作成する(弁護士会の協同組合に相談すればOKです)。
弁護士向けの確定申告の本を読み、知人の税理士や移籍先の弁護士に事前に経理をどのように行っているのか相談をしておく。

3 退職2ヶ月前
 弁護士会への届出口座の変更方法を弁護士会に確認する。弁護士会費の引き落とし、経費等雑費の引き落とし、弁護士会からの振込の、合計3つの届け出が必要となります。弁護士会費の引き落とし口座はすぐには変更できないため、2ヶ月ほど前には申請しておいたほうが無難です。
弁護士賠償保険は無保険期間がないように、移籍先の事務所に賠償保険の加入方法を確認しておく。

4 退職1週間前
法テラスに変更のFAXを送る。弁護士会に変更届の書類を提出する(日弁連のHPにもある)。
 弁護士個人の変更届と、弁護士法人の構成員変更届の二つがある。
 すべて自分でやるのか、法人がやってくれるのか、所属事務所に確認をする。
弁護士協同組合に、事務所が変わることを伝え、連絡先や引き落とし口座変更の手続きを行う。
他の弁護士に引き継ぐ案件の辞任届等を提出する(裁判所には原本提出)。
旧事務所と郵便物のルールを決める(郵便局のHPで転送届を提出する。転送届はネットで完結可能。後見等の郵便物もルールを決めておく。必要に応じレターパックを10個ほど旧事務所においておく)。
 所属した事務所でお世話になった人(ボス弁など)に、お礼の品(ネクタイ、ボールペン等)を準備する。所属した事務所の皆様にもお菓子などを配る。

5 退職後1週間
年金を国民年金に切り替えるため、法人から社会保険資格喪失証明書などの退職を示す書類を作成してもらい、区役所の窓口に行く。
健康保険は、自分の収入で任意継続と国保切り替えのどちらが得か区役所窓口に確認する。任意継続の方が良いことが多いだろうから、その場合は任意継続に必要な書類を提出する。
担当案件の送達場所変更の届け出を行う。裁判所に係属している案件、後見案件、管財案件、示談案件の相手方代理人など。
ネット上の媒体(HP、弁護士ドットコムなどのポータルサイト、フェイスブックなど)の表記を変更する。
弁護士会に、交通事故相談の際の利益相反の対象となる保険会社が変更となる旨報告する。  

6 退職後一ヶ月
 経理のやり方を確立する(私は弁護士経理(いわゆる弁経)を使用しています)。
 成年後見の住所変更登記の申請を行う。弁護士会に事務所履歴事項証明書なる書類の取得方法を電話で尋ねる。そして法務局のHPから必要書類をダウンロードし、事務所履歴事項証明書を同封し、郵送する。これは初めての経験だと結構苦労するかもしれません。
小規模企業共済への加入を検討する(これは必須だろうと思います)。
日本弁護士国民年金基金への加入を検討する(確定拠出年金のほうがよいという意見もあるため、どちらに加入するかは周りの弁護士やFPの意見も仰いだほうがよいです)。
経営セーフティ共済への加入を検討する(最初は月額5000円でOKか)。

 あとは日々の仕事を行い、弁護士として生きていくだけです。この投稿は適宜、加筆修正を加えます。

無料求人広告への対応

弁護士 森田祥玄

1 全国で報道もされておりますが、名古屋でも「3週間無料掲載すると言われたので、求人広告を申し込んだら、期間経過後に自動更新の通知書と請求書が送られてきた」という相談を多数受けております。愛知県弁護士会の中小企業法律支援センターには、2019年の上半期で36件の相談があった、とのことです。
2 多くは、更新をするか否かは別途連絡をする、そのときに決めて頂ければよい、と事前に説明を受けます。しかしそもそもそのような、別途連絡する、という手紙が届かない案件もあります。また、私が名古屋の事業者でご依頼を受けた件では、確かに更新をするか否かの手紙は届いておりました。しかし、その手紙は、当該事業者の名前はほとんどでておらず、まったく関係のないパンフレット(例えば「ホームページを作りませんか」などの、ポストに入っていてもすぐに捨ててしまうようなパンフレット)に見えるものでした。非常に分かりにくく、一番後ろのほうに、求人広告のことが短く書いてありました。そして期間が経過したとして、数十万円の請求書が届きました。
3 法律的にこのような求人広告に対して支払義務がないことを主張できるのか、ですが、確かに消費者ほどの法的保護のない事業者を狙った、隙間を付いてきた商売であることは否定できません。
4 しかし、話を聞いたうえで、「結論として、このような商売がまかりとおるわけがない」という感覚を持つ案件については、私はご依頼を受け、内容証明郵便を送付しております。今のところ、私がご依頼を受けた案件は、事業者側からそれ以上の請求をされたことはありません。なお、仮に裁判になった場合には、依頼者様側に赤字にならない範囲内で対応いたします。
5 現在、全国の弁護士が同様の被害について情報を共有しております。私自身も、依頼者の皆さまからの同意を得たうえで、複数の弁護士と情報を共有したうえで、裁判に移行した場合の法律構成も協議しております。
6 求人広告を出すほど忙しい事業者の方々は、まあ、これぐらい仕方ないか、と考え支払ってしまうこともあるかもしれません。しかし、ここでの妥協が、次の被害者を生み出します。法律上必ず勝てるとお約束できるわけではありませんが、安易な妥協はせず、支払いを拒むという対応もぜひご検討ください。